| LastEclipse 第一章:失墜のプライド8 | 【長編小説】| ページ内の末尾へ | |
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この星の消滅──ラスト・エクリプス * * * そこは雲よりも白いペンキで塗られた部屋だった。 比較的新しい作りで、施設もほぼ最新の機能を備えている。ただ、テレビとイスと、木で出来た小さな棚だけが古い。 白い簡易ベッドが、窓の外の夕日に照らされてオレンジ色に光っている。 逆光で見えにくいが、遠くのほうに桜光高校の校舎が見える。 ベッドの枕元には、緊急時にいつでも看護士を呼ぶことが出来るナースコールが備え付けられている。 つい二日前に、ほんの数時間だけ蒼木が寝ていたベッドに、瀬戸絢華は座っていた。 全身を包帯に巻かれた瀬戸の姿は、見るに耐えない痛々しさだった。 「つまりそいつは、イクシードの手の奴に違いないんだな?」 同じ病室内のイスに座っていた、 「ええ……彼もおそらく、イクシードの能力でああいう風になったんだと思うわ」 瀬戸の顔が 「お前のせいじゃない」 「……私のせいよ、私が取り逃がさなければ、彼は普通の人間でいれた」 「俺はそうは思えんな」 「何故?」 無精髭の男は、ふむ、と一息つくと、 「あいつはいじめられていたんだろう?それで吹っ切れればいいが、今になっても忘れられないから殺人を起こしてしまうんじゃないのか。未練があるなら、遅かれ速かれ、あいつは何かしら事件を起こしていた。ただ 「……」 それはもっともかもしれない、でもきっと彼は、あまりにも大きすぎる『力』を手に入れたからやってしまったせいなのではないかと瀬戸は思った。 「まぁ、タネがわかれば怖くもなんともない、ようはあいつが一人のところを叩けばいいんだ。イクシードのやつはあの女にべったりだからな」 「……そう上手くいくかしら」 「俺を誰だと思っている?」 無精髭の男はむっとして言い返す。 「あんなガキ一人も捕まえられないような俺じゃない。お前と違って俺は、遠距離向きだからな」 「ならなんで私に任せたのよ、あんたならきっと簡単に捕まえられるわ」 「それはお前にも言えることだぞ、『ラピッド』」 「……次は、 「二回も取り逃がしたお前に、か?」 「……」 言われたくない失敗を指摘されたので、瀬戸には返す言葉が無かった。 「それはそうとあの小僧はどうなんだ」 「……蒼木君のこと?」 「ああ、あいつは危険じゃねぇのか?」 「まだ実際に見たことはないけど、触ったものが凍るとか言っていたわよ」 「能力 「彼が能力を使って犯罪を起こすと?ありえないわ」 「何故言い切れる?」 「こう見えても一応、先生ですから。人を見抜く能力はあるわ」 「最近の若いモンは、何考えてるかわかったもんじゃねぇぞ」 「彼はきっと、その能力を上手く使いこなせてみるわ」 「そうかね」 「そうよ」 「危険じゃねぇんなら……うちの 「……彼は一般人よ?」 「今は一人でも多くの、優秀な戦闘員がいる。どんな能力かをちゃんと見極めたうえで、こちらに引き込む必要がある」 「彼はまだ十七歳なのよ!?」 瀬戸は無精髭の男に向かって叫んだ。 「だから何だ?イクシード側についてる奴の中には、十歳のガキもいるって話じゃねぇか」 「あいつはそういうやつなのよ……」 「世界大戦が起きた頃には中学生だって 「それとこれとを一緒にしないで!」 「一緒じゃねぇか、イクシードの手が伸びている先は日本だけじゃねぇ、外国にも様々な脅威がいる。もしやつらがその気になればそれこそ、 「わかっているわ、わかっている……でも、彼には普通の生活をさせてあげたいの」 「イクシードに目をつけられた時点で、すでにあいつの将来は決まったようなもんだ。向こう側につくか、こっち側につくか……俺たちだってそうだろ?不幸モンだぜ、まったくよ」 「……わかってる……」 「その小僧には悪いが、まぁ運が無かったんだろうよ。とにかく本格的にイクシードと接触してないなら、俺らの仲間にするしかねぇ」 「……」 「それと、その小僧のことは『上』にも報告させてもらうからな」 「……わかったわ」 「じゃぁな、お大事にっと」 無精髭の男は愛想もなく立って病室から出ようとすると、手を伸ばすより先にドアが開いた。 いきなり入ってきた少年と無精髭の男がぶつかる。 「気ぃつけて開けろよ、小僧」 「あ、すいません……」 「もー、ノックもしないで開けるからよ」 後ろから少女の声もする。 無精髭の男は少年を見下ろすと、あっと言って、 「こいつが蒼木か?」 と瀬戸の方を見て言った。 「ええ、そうよ」 「そうか」 少年と少女はきょとんとしている。 「見舞いか?感心だねぇ」 少女の手に持っている花束を見たのか、無精髭の男は苦笑するとその場を去っていった。 「え、と……」 二人はどうしたら良いかわからないといった顔をしている。 「なに突っ立ってるの、入ってらっしゃいよ」 瀬戸はいつもの笑顔で二人を呼んだ。 「失礼しまぁす……」 「あー、蒼木と同じ部屋だ」 少女が部屋をきょろきょろと見回す。 「あら、そうなの?つくづく縁があるのね」 「え、それどういう……って先生、すごい 瀬戸が冗談を言うが、二人とも全然聞いていない。 瀬戸の姿はと言えば、それはもう凄惨さを極めるものであった。全身に包帯が巻かれ、うっすらと赤いシミのようなものが所々にある。もちろん血だ。 「どうしたんですかその傷!?」 少女の方は物凄く驚いている。 「車か何かにはねられたんですか?起きてて大丈夫なんですか?」 「やだなぁ水城さん、たいしたことないわよ」 瀬戸はくすくす笑っている。 「一晩寝たらマシにはなったし」 「ウソ、寝てなきゃだめですよ!」 少女は慌てて瀬戸のほうにかけよろうとする。 少年の方は、何を思っているのか棒立ちだった。瀬戸の姿を見て立ち止まっている。 「何やってんの蒼木!」 「い、いや……先生、それ、どうしたんですか……?」 すると瀬戸は、口に人差し指をあてて『しーっ』というジェスチャーをしたあと、布団をかけなおそうとしている少女を指さした。 水城がいるからあとで話す、という意味なのだろうか。 「ほら、先生、ちゃんと寝とかないと」 「大丈夫だって、ありがとう水城さん」 そう言って手で少女を制する。 「ほら、座ってよ」 「うぅー……」 少女はしぶしぶ、横にある小さいイスに座った。 少年のほうはどうしていいかわからず、突っ立ったままだ。 「とにかく。蒼木くん、水城さん、来てくれてありがとね」 瀬戸は再び、二人に笑いかけた。 * * * 「にしてもあいつ、お見舞いに行くとか言ってたけど……そんな仲だったか?」 その日の授業も終わり、元谷と唐金と新崎はそれぞれ帰り道を歩いていた。 学校が終わると蒼木は、水城と一緒に「お見舞いに行ってくるよ」と言ってすぐ出て行った。 先生のお見舞いに行くなんてなかなか珍しいなぁと元谷はつぶやいた。 「ま、あんなに勉強好きなやつなら、見舞いに行くのもありかもな」 「でもあいつの場合、見舞いに行く暇があったら勉強してそうじゃね?」 「あー、ありそうかもな」 元谷と新崎は笑いながら話している。 唐金はさっきからあまり喋っていなかった。 「どうした?唐金」 「いや……ちょっとな」 「そ、そうか」 唐金と話をしていても、さっきから会話らしい会話は成り立っていない。まるで先日、橋本がどこか上の空だったように、今度は唐金が押し黙っている。 交差点で信号待ちをしていると、思い出したように新崎が「あっ」と言った。 「そういえばこの辺りって……あの殺人事件があったところと近くないか?」 元谷もキョロキョロと見回して、うなずく。 「そうだなぁ、どこか見たことあるなと思ったら。確か二ヶ月ぐらい前のやつじゃね?なんで毎日通ってるのに気づかなかったんだろ」 「だな……」 夕日が信号機を照らしていて、どこが光っているのか見えにくかった。いつのまにか青になっていたので、三人は歩き出した。 「しっかし、男ばかり狙うなんてどういう変態だよ。それも高校生ばっか。犯人は女かもな」 元谷の冗談に、新崎がつられて笑う。 「オカマかもよ?仮にも健全な男子なんだぜ、女プロレスが相手でもない限り抵抗できるだろ」 「はは、言えてる」 ここで、ずっと黙っていた唐金が口を開いた。 「……男かもしれない」 「うおっ、なんだよ急に」 「男かぁ……ホモっていう線もあるかもな」 どうやら二人は、唐金の言うことを冗談だと思ったらしい。唐金も、それに対して返事はしない。 「ま、こうやって男三人で帰れば襲われんだろ。っていっても、そろそろ駅が見えてきたけど」 バス通学の唐金や元谷と違って、新崎はJRで通学している。たまにこうして三人で帰るときがあっても、結局新崎だけ帰り道が別方向なのだ。 「お、んじゃまたな!」 「おう!」 駅までまだ少し距離があるが、バス停と駅の方向は違うのでちょうど分かれ道の交差点で別れることになっている。 手を振って新崎と別れた元谷は、まだ黙り込んでいる唐金を見てため息をついた。 「んだよー、お前までふさぎ込んじゃって。なんかあったのかよ?」 「……」 とりあえずついてきてはいるが、顔は下ばかり向いている。暗い、というのではなく、よく蒼木がなんとかって探偵の真似事をしているときの表情に似ている。 「……なぁ、元谷」 「ん?」 その表情を一言で表すなら……「あと一歩」というようなところだ。 「橋本がいた中学って、どこだったか聞いたことあるか?」 「へ?なんでそんなこと聞くんだ?」 虚を突かれた元谷は、ただ聞かれたことを答えればいいだけの質問を、一瞬何と答えれば良いかわからなくなった。 「え、えーと……どこだったか、第三東じゃね?そんなようなことを聞いたことあるような、ないような」 「それは確かなのか?」 初めて唐金が顔を上げた。 「あ、ああうん……それ以外に聞いた覚えもないしな。それがどうした?」 「いや、別に……」 また黙り込んでしまった。 「何だよ皆して。あ、まさか俺に隠し事してるとか?皆変だって、何隠してるんだよ?」 半分当たっているが半分はずれだった。隠し事はしているが、それは元谷に対して、ではなく── (……まさか蒼木は、もう気づいてる?) 唐金も実は、『神隠し』の犯人を割り当てようとしているのだった。 * * * 今後は物理の時間をどうするのか、蒼木や水城の成績はどうなのか、病院内での生活は暇なのかどうか、などと他愛もないことを三人で話していると、キリのいいところで瀬戸が別の話題を切り出そうとしていた。 「んー……そうだ、水城さん、ちょっと席外してくれない?」 「え?」 蒼木と水城が、瀬戸のいる病室に来てからもう一時間近くたっていた。それまで普通に会話していたので、瀬戸の急な切り出しに水城は困った顔をしていた。 「ちょっと蒼木君と大事な話があるのよ、お願い」 「あ、はい……わかりました」 「話が終わったら蒼木君に呼びに行かせるから。今日は来てくれてありがとね」 顔まで包帯がびっしりと巻かれていて、その弱々しい笑顔を見るのが水城には少しつらかった。 「い、いえ、そんな!先生こそ、話に付き合ってくれてありがとうございます」 「ふふ、こんな機会でないと滅多に喋らないもんねぇ」 水城は軽く会釈して、病室を去った。室内に残っているのは、瀬戸と蒼木だけだ。 「……彼女まで巻き込む必要は、無いものね」 今までとは全く違った、疲れきった瀬戸の声を聞いて蒼木はどう反応すればいいかわからなかった。 「本当はこの傷、昨日の夜『敵』にやられたんだよね」 「だろうなぁとは、思ってました」 「あら、驚かないの?犯人がわかったってことよ?『神隠し』の」 「え!?」 一瞬驚いたが、言われてみればそうだ、とも思った。瀬戸先生が追っていた『敵』ってのはつまり……その犯人なんだろうな、ということが。 その反面、やっぱり自分は何もできないんだな、とも思った。 「……その犯人は、もう捕まえたんですか?」 「取り逃がしてしまったわ」 言わずとも、悔やみきれない感情が瀬戸の表情を見てわかった。 「イクシードがいたのは、予想外だった……」 「その犯人とあいつは、つるんでたんですか?」 「おそらく、イクシードの力によって無理やり目覚めさせられた被害者の一人ね」 「そんな……」 蒼木は 「そいつの能力みたいなので、そんな傷を負ったのですか?」 「いえ……違うわ、これは自分でやったの」 「自分で?」 瀬戸が、腕に巻いた包帯を少し まるで大火事の中に捨て身で入っていったような、痛々しい傷痕だった。 「あの子は、どうやら蜘蛛の糸のような細い 「身体が……動かなくなったんですか?」 「えぇ、おそらくイクシードの……『体内のプロウィルスを遠隔操作できる』能力だと思うわ。直後にイクシードが出てきたのよ……本当に計画ミスだったわ」 それなら蒼木も一度体験していた。何故だか急に現れて、殴りかかろうとしたところを、身体がぴくりとも動かなくなったのだ。 やはりそれも、『CEED』と呼ばれる力なのだろうか。そんなものの存在を認めることすら納得いかないが──そういう能力なんだと思えば、それはそれで納得できるものがあった。 「殺されるかと思ったけど、何かの拍子に引火したみたい。急に燃えだして……廃屋の二階にいたんだけど、床が抜けたのよ。で、情けない話だけど、火を消しながら走って逃げたの。途中で意識を失ったみたいだけどね」 「よくニュースになりませんでしたね」 なんて気の利かない返事をしたんだろうと、言ったあと自分でも思った。 「 生き延びれば良い方……言い方を変えれば、死んでもおかしくなかったということになる。全身に火傷をして、逃げなければいけないほどの相手だったというのだろうか。そんな奴が犯人で、そんな奴を捕まえようとしていたのか…… よほどの殺人能力を持った人間なのかということが、蒼木にもわかった。しかし蒼木は、瀬戸の妙な言い回しに疑問を感じた。 「先生……いいですか」 「ん、何かしら?」 「犯人のこと、『あの子』って言ったけど……まさか子供だったんですか?」 「あ、あぁ、いや……」 一瞬瀬戸が動揺する。 「それとも犯人のこと、何か知ってるんですか?」 「……」 少しの間、静寂が続いた。 「……何て言えばいいのか……」 「知ってるんですね?」 「……生徒よ」 「何ですって?」 顔をうつ伏せのまま言われたので、一瞬蒼木の耳には入らなかった。 「桜光高校の、生徒よ」 「まさか!?」 生徒が、犯人……!?そんなバカな! 「それも、あなたのクラスの人よ」 驚きの連続に、蒼木は声も出なかった。 「以前、被害者が全員同じ中学──第三東中学の生徒だったことは言ったわよね?」 「え、えぇ」 「それで私は、犯人も第三東中学の関係者だと仮定した。それが、当たったのよ」 「それって……?」 蒼木の思考回路は破損寸前だった。考えることが多すぎて、逆に脳が考えることを停止させている。 「彼らを襲った犯人は、彼らと同じクラスにいた生徒だったのよ」 「同じクラスって……まさか……」 そして思い出す。蒼木のいるクラスには、第三東中学出身の生徒がいたことを。 「犯人は、あなたの友人の──」 蒼木はそのとき、心臓が止まってしまうのではないかというほどの驚きと恐怖を感じていた。 * * * 「あ、話終わった?」 病室から出てきた蒼木の姿を見て、廊下のベンチに座っていた水城が手を振った。 実際は十分、十五分程度の会話だったのだが、水城にはそれがとても長く感じた。 「元気無いね、何話してたの?成績のこと?」 蒼木の表情があまりにも疲れきっていたので、水城は心配になった。普段、水城に心配させまいと明るく振舞っている蒼木だが、こんなにも影のある顔を見たのは初めてだった。 「ねぇ、蒼木ってばぁ」 「……大丈夫、だよ」 「ウソついてる」 声までやつれ返っている。一体蒼木は、先生と何を話していたんだろう。 蒼木が何も言わないので、仕方なく隣に寄って一緒に歩く。 すでに日は落ちていて、空がオレンジ色から暗い青色に変わっていく。 「何があったの?」 「……ちょっと、な」 「ちょっとって何よ」 また返事はない。期待していたわけではないが、沈黙になるとなんだか気まずい。 「最近の蒼木、変だよ」 「……かもな」 「変」 蒼木のほうからは何も話そうとはせず、水城の問いに、ただあいまいに答えているだけだった。 瀬戸先生と二人きりになったあとから、蒼木の様子が明らかにおかしい。水城の頭でも、そんなことはすぐにわかった。 何を話していたのかすごく気になる。蒼木がここまで落ち込むのは、実は成績が落ちてしまったせいだとか。あり得る。 すごく問い詰めたい。でも……こういう時は、何も言わずそっとしてあげるほうがいいのだろうか。それとも、何に落ち込んでいるのかわからない蒼木を、とにかく励ませばいいのだろうか。 蒼木の滅多に見せない反応に、水城は叫びだしたくなる衝動を必死に抑えた。 蒼木の肩ごしに、顔を覗く。暗くなってきて余計に怖い顔をしている。病院の中と違って表情は読み取りにくかった。 結局顔を見ても何もわからない。もう何か聞くのは諦めた。 気まずい空気が蒼木と水城を包んだ。水城はこの空気が嫌いだった。 話したいのに話しにくく、何を考えているかわからない。水城にとっては蒼木こそが希望なのに、その蒼木が暗ければ水城の気分も悪くなる。 そして無言のまま歩いていく。いつの間にか水城の家の前に来ていた。 それでも蒼木は無言のままだった。 「え、えと。お、送ってくれて、ありがとね」 「……ああ」 「ま、また明日、学校でね!」 少し大げさに手を振って、水城は玄関の中に入った。 「ふぅ……」 ぎくしゃくするのは嫌だ。せめて何か話してほしい。そう願う。 最近の蒼木は、どこか哀しげな表情をしたり、時折弱い面を見るときがある。最近といっても、つい二、三日前からだけれど。 本当は月曜日から異変に気づいていた。本人は明るく振舞っているつもりだろうが、心配させまいと演技しているだけに決まっている。 それもそのはず、次の日には病気で寝込んでいた。きっと試験で疲れてるんだろうと最初は思った。 でも違う、試験とは違う何かを抱え込んでいるような気がする。 もしかしたらそんなものは水城の勘違いかもしれないし、普通に試験勉強で疲れているのかもしれない。でもどこか不安なのだ。 なんだか今までずっと、蒼木に助けてもらってばかりしているような気がする。その蒼木が、今きっとすごく困っていると思う。そんな蒼木に、どう声をかければいいのだろう。 明日も今までどおりやっていけるかなぁ……何か蒼木が喜ぶことってないかなぁ…… ──外は風が強く、窓を叩く音が不気味に思える。 そういえば今夜は朝にかけて雨が降るという予報を聞いた。蒼木、傘持ってなかったなぁ。無事に帰れるといいけど…… 「……」 水城と別れたあと、蒼木はおぼつかない足取りで歩いていた。一歩間違えれば変質者だ。 しかし蒼木はそんなことは気にしてない。気にもならない。 最初からわかっていたことだったのだ。市原が第三東中学に通っていたことがわかった時点で、おかしいと気づくべきだった。 最初から──最初から知っていたのだ。『あいつ』が第三東中学に通っていたことも、いじめられていたことも。全部本人から聞いていたのだ。 犯人だと思うわけがないだろう。同じ高校生だぞ?友達だぞ?あまりにも近すぎて疑うことを忘れている。そもそも狙われるとも思っていなかった。 いくら推理小説を読んで探偵の真似事なんかしていても、結局自分は何も出来ないのだなと思うと無性に情けなくなった。 なんで── 歩きながら蒼木は、自分の携帯を手に取り、電話帳から一人の電話番号を表示させた。 そのディスプレイには、番号の上に持ち主の名前を示す文字が表示されていた。 そこには『橋本 優』と書かれている。 ダイヤルボタンを押し、反応を待った。電話先の相手はすぐに出た。 「お、蒼木?どうしたんだこんな時間に」 電話先の相手は、普段の何一つ変わらない口調で喋っていた。 「いや、何で今日学校休んだのかなと思ってさ」 蒼木も、なるべく平静を装うようにして喋る。 「あー、今日はあれだ、寝坊しちまったんだ。気づいたら昼でさ、もう学校行く気無くなったよ」 「具合悪いとかじゃなかったのか」 「おう、ピンピンしてるぜ」 それは教室でほぼ毎日聞いている、普通の友人との会話だった。 蒼木には、その声を聞くのがつらかった。 「なら良かった……ちょっと今時間空いてるか?」 「ん、まぁ特に用事はないけど、どした?」 「いや、ちょっと会って話がしたくてさ……今から桜光高校の裏山来れるか?」 「え?」 一瞬、電話先の相手の声が止まった。しかしすぐに返事が来た。 「あ、ああいいぜ。でも俺の家からは近いけど、蒼木の家からは結構遠いだろ?」 「実は今桜光高校に向かって歩いてるところなんだ。もうすぐ見えそうだ」 「お、そかそか。じゃぁ今から行くわ。明日学校で話してもいいと思うけどな」 相手は笑いながら喋っている。蒼木は全く笑ってはいなかった。 「お前が明日来るかどうかわからんだろ、また寝坊されたら困る」 「確かに。じゃぁ今から支度するわ、またあとで」 「すまんな」 会話を終えると、携帯電話がツーツーと単調な機械音を放つ。 携帯電話をポケットに入れ、また歩き出した。 その蒼木の頬は──濡れていた。 「なんで……」 遠くの方に、桜光高校の校舎が見える。 「なんでなんだ……」 その蒼木の顔は──泣いていた。 「何で殺したんだ……橋本……」 黄色く光る街灯が、蒼木の影をよりいっそう細長く照らしていた。 |