| LastEclipse 第一章:失墜のプライド3 | 【長編小説】| ページ内の末尾へ | |
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二人で手をとって笑いあえる日が、永遠に続くと── * * * 「蒼木……」 昨日は学校に来てくれると言っていたのに、今朝から学校で蒼木護の姿を見かけない。何度か電話したが、それも出ない。 水城麻奈は、もしかしてまたぶっ倒れたのではないだろうかと心配した。でももう四時間目にもなるので、そこで何の連絡もないということは、とりあえず大事にはいたらなかったということなのだろうか。 それとももしかして、連絡がないということは逆に……失踪したとか。 「まさか、ね……」 頭も悪いし、どちらかと言えば文系な水城にとって、物理や科学といった理科系の授業は、彼女の人生で最も意味のないものだと思っていた。だから授業内容も聞いていないし、そもそも何を言っているのかさえ理解できない。 ペンを指先で回しながら、ぼーっと窓の向こうを見ていた。 蒼木が朝から何の連絡もなく、学校でも見かけないなんてことは、この五年間の付き合いの中でも数えるほどしかなかった。 中学の時、蒼木は交通事故にまきこまれた。 まだ付き合いだして二年ほどしか経っておらず、その頃はお互いの親も、二人が付き合っていることを知らなかった。蒼木がそんな 恋というものを初めて見つけてハイになってた水城は、蒼木は朝交通事故にあったと先生から聞くと、いてもたってもいられない気持ちで学校を飛び出した。 そして少し走ってから、そう言えば病院の名前を聞いてなかったと思って途方に暮れていた。 蒼木は大丈夫なんだろうか、苦しんでないだろうか、何で肝心なときに私がついていてあげれなかったのだろうか。 中学生であったその頃の水城は、何も出来ない自分が心底嫌でたまらなかった── ──中学一年のとき。 告白したのは水城のほうで、放課後に体育館の裏に来いという内容の手紙を蒼木に渡して、その時たまたま手が触れただけで逃げ出しそうになった。 彼はまだ放課後の掃除をしているのだろうか、体育館の裏で待っていた水城にとって、蒼木を待つ時間が数十分にも数時間にも感じられた。 何度時計を見ても、時計の針は一分とて進んでいなかった。 時間が止まったような感覚で、だんだん顔が熱くなっていくことだけは自覚できた。 覚悟を決めるということが、こんなにも苦しいことなのかと思い知った。 胸が詰まる。 足音が聞こえるたびに身体が引きつる。そして通りかかったのが蒼木とはまったく関係のない生徒だと確認して、ほっと ──何やってんだろ私。 どこが好きなのー?と友人に聞かれてちょっと困った覚えがあった。 顔が好きなのだろうか、性格が好きなのだろうか、言動か態度か、どう説明していいかよくわからなかったからだ。 ──好きになるのに、理由なんかいるの? と聞くと、友人にばかにされた。 『えー、どこが良いかもわからないのに、よく好きとか言えるよね!』 ──理由がなきゃ、好きになっちゃいけないの? 『そりゃそうよぉ、好きでもないのに告白する人なんていないでしょ?』 ──うーん……。 どことか、何とか聞かれると、ぶっちゃけどこでもないのだ。顔が良いかと言われると、もちろんテレビでよく見るかっこいい男優とか、好きなバンドのボーカルの人とか、そういう人たちのほうが断然顔が良いに決まってる。 体系は、とりあえず太ってはなかった。しかしめちゃくちゃ 性格はというと、実はそんなに話したことがないのでわからない。出席番号も離れすぎているので、何か一緒の班になるということもほとんどなかった。 でもなんか……こう、彼を見ていると、なんだかうまく説明しにくいが、ときめくものがあるのだ。 他の男子と違って、彼はいきいきとしてたし、彼独特の輝いた眼をしていた。 最も的確な言葉で言うなら、一目ぼれ、というのが一番正しいのだろうか。 でもそれを言うと、一目ぼれで告白するのかよーとか、またぐちぐち言われそうなので、水城は、 ──彼の、全部が好きなの。 それを聞いた友人たちのあっけらかんとした顔つきときたら、今でも忘れることはない。 『全部って……全部?』 ──そう、全部!悪い? 『そ、そういうわけじゃないけど……ねぇ?』 友人たちは言葉に詰まった。けれど自分としては、正当な理由を言ったつもりだった。 恋愛に、理由なんているのだろうか?理由や動機がなければ、何もしてはいけないのだろうか? ふと思った。 理由や動機が必要なら、なんで私たちは生きているんだろう。 生きるのに意味なんているのかな?恋って、そういうのと同じようなものじゃないのかな? そう聞こうと思ったが、やめた。またからかわれるに違いない。 結局友人たちには相談らしい相談もせず、とにかく好きだから告白した。 そしてずっと待っている。 まだ来ないのかと思って辺りを見回した、その時。 『よっ』 という声がすぐ真横で聞こえたので、水城はパニックで心臓が止まるかと思った。 『今、掃除終わったんだ』 ──びっくりさせないでよね。 いきなり彼からの不意打ちを受けて、笑顔を作ることも忘れていた。きっと私の顔は今、こわばっているに違いない。ああ、恥ずかしい…… 『すまんすまん。で、どうしたの?こんなとこに呼び出したりして』 ──ええと……。 なんだか調子が狂った。こちらから声をかけやすいように待ち伏せしてたのに、彼が近くまで来ているのを知らずに不意に声をかけられたし。こちらからささっと言ってしまうつもりが、どうしたのと聞かれるし。 ──その……。 なんて勇気がいるんだろう。今にも胸が張り裂けそうで、心臓が割れて死んでしまうのではないかと思った。 改めて彼の顔をよく見るが、別段かっこいいというわけでもない。背は私よりちょっと高いぐらい……体重はいくつあるんだろう。 いやいや、そんなのどうでもいいじゃない。言わなきゃ、好きだって…… 『なぁに?』 ──えと……。 喉まで出ているのに声が出ない。息をするのが苦しい。 心臓の音がどくどくと聞こえる。彼に聞こえてやしないだろうかと心配した。 待っていたときよりも、さらに時間の流れが速くなったような気がした。彼の顔を見つめているだけで、何時間もそこにいたような……いや、逆に、時間が止まってしまったかのような。 彼の眼を見ると、胸がきゅんとなる。眼と眼が合うと石になってしまう妖怪の話を漫画で見たことがあるが、彼の眼は……石というより、氷にされてしまうようなものだった。 冷たい視線とかそういうんじゃなくて、いやむしろ熱い視線っていうか……ああ、なんだろう、わけがわからなくなってきた。 もう……言っちゃえ! ──あなたが……蒼木君のことが、好き! そう言って、次の日からお互いに付き合いだした。 その頃はまだ携帯電話なんて持たせてもらえなかったので、一週間に何回も家に電話した。電話代が高すぎると怒られたこともあった。 初めて彼の家に行った時、同じ学区にいるはずなのにすごく遠かった。バスに乗って行かなきゃいけないほど遠かった。 『俺んちさ、この町の一番端っこなんだ。ちょうど水城んちと正反対になるのかなぁ』 なるほど、だからそれで遠いのか。 彼の家は結構でかく、三階建てだった。私の家は二階建てだったので、驚いた。 彼の部屋に入ると、綺麗に並べられた本棚と、小さなテレビと大きなベッド、勉強机とクローゼットがあった。一人部屋にしては結構でかい作りだ。 『多分、一人っ子だから広い部屋になったのかも。兄弟がいたら、間違いなく二人部屋になってるよ』 笑いながら色々説明してくれた。それまで彼のことは何も知らなかったのだから。 家に行っても、まぁお喋りしたりするだけ。少女漫画より少年漫画のほうが好きで、彼と話を合わせることができて嬉しかった。 だんだん話してるうち、彼のこともよくわかってくるようになった。 実は頭がすごくえらくて、学校の通知簿を見せてと言って後悔したことがある。五段階の評価のうち、四か五がほとんどだった。体育だけは三だった。 それに比べて体育だけが五で、他の教科が二か三ぐらいしかなかった自分が恥ずかしい。とても彼に見せれたものではないが、あとになって私の頭が悪いことがバレてしまうのは言うまでもない。 新聞を毎日読んでると聞いて、立ちくらみを起こしそうになった。よほど勉強熱心な子なんだなぁ、政治家か何かでも目指すのかな? と思ったら、子供っぽい一面もあった。彼は探偵ものの漫画とか推理小説とかが好きらしく、その漫画や小説のことを熱心に話すのだ。で、そのストーリーのことについて一人で真剣に考えたり、なんで主人公はあそこであんな判断をするんだ!とか、一人で怒ってたりもした。 その時の顔がおかしくって、話を聞いてる途中に笑ってしまった。 『そんなに俺の話面白いか?よーし』 変な誤解を与えてしまって、難しい話をどんどん喋られた。もちろん私にはちんぷんかんぷんだけど、また笑ってしまう。そして彼も笑っている。 その彼とのやりとりが楽しくて、次第に会う回数が増えた。中学では一緒のクラスにはなれなかったけど、その分彼の家に行ったり、彼を家に呼んだりすることが多くなった── ──そして中学三年のときのある日、蒼木が交通事故に巻き込まれた。 二人の家は中学校から正反対の方向だったので一緒に通うこともなく、朝のホームルーム前の休み時間に顔を合わす週間になっていたのだけれど、その日は蒼木の姿がどこにもなかった。 午後になって先生から話を聞かされると、思わず学校を飛び出してしまった。結局どこの病院かもわからず、学校に戻るのも嫌だったので、家の近くの公園で途方に暮れていた。 周りの住宅街はほとんど新築ばかりなのに、その公園だけ古くて、 夜になると「まるで幽霊が出そう」な場所で、怖くて普段は近寄らないのだが、昼となると別に普通の公園と変わらないので怖くはなかった。 大きな木が立ち並び、公園の周りをかこんでいる。真ん中に小さな丘のようなふくらみがあって、小さな子供たちがその丘の上で遊んでいた。その子供の親らしき人もいた。 仕方なく、公園の隅っこのほうにある小さい砂場で腰を下ろすことにした。スカートだったけれど気にしてない。 それよりも彼のことが心配だった。どれぐらいひどい事故だったのか、それともかすり傷程度の軽い傷だったのかさえわからないので、ものすごく心配だった。 告白した時と同じぐらい心臓が跳ねた。 彼のことを思う気持ちで胸がいっぱいだった。 ──蒼木ぃ…… そばにいることさえできないのかと思うと、涙が止まらなかった。 せっかく好きな人に好きって言えたのに、せっかく幸せになれたのに、その幸せが今にも崩れそうで怖かった。想像したくもなかった。 ──あお……きぃ…… 大声で泣くと他の大人たちが寄って来そうだったので、声を殺して泣いた。蒼木を思う気持ちと、何もできない悔しさの涙だった。 どれぐらい涙を流したのだろうか、気づくといつのまにか二人の大人が目の前でこちらを見ていた。 一人は金髪の男で、黒いサングラスをかけていた。服も全身黒くて、なんだかガラの悪いお兄さんみたいな人だった。 もう一人はというと綺麗なお姉さんで、白いブラウスに白いミニスカートを着ていた。少し茶髪がかってて、どこか……どこかで見たことあるような気がする。 カップルにしては全然釣り合ってない気もするが、それを言うとうちの彼と私も釣り合っていないような気がした。 『どうしたんだぃ?お嬢ちゃん』 『何かあったの?』 聞かれても答えなかった。というか、言ってもわからないだろう。 『泣いてるってこたぁ、何か嫌なことがあったんだろ?』 金髪の男がしゃがみこんで、目線がこちらと同じ位置になった。黒いサングラスの奥に、青色をした眼が見えた。外国人だろうか。 反射的に眼をそむけた。 『あんれぇ、もしかして俺、嫌われちゃったぁ?』 『もう、あんたは黙ってて。ねぇ、こんなところで一人で泣いて、どうしたの?』 ──…… 同じく女の人もしゃがみこんだ。こんなとこ他の人に見られたら、この人たちのほうが怪しい人に見えるだろう。小さい女の子が泣いてて、その女の子を大人二人がかこんでいるのだから。 ちらっと公園の丘のほうを見上げると、こちらのほうには見向きもしなかった。その親と思われる人のほうを見たが、こちらを見る気配はない。この金髪の男なんて、明らかに目立った格好をしているのに。 『ほらぁ、あなたがそんなに 『ぁいや、すまんすまん』 ──…… 別に怯えてなんてないんだけど、ていうか、どっか行ってほしいんですけど。 『何かつらいことがあったの?あなた制服着てるようだけど、中学生?今確か学校の時間よねぇ』 ──…… 『学校で何かつらいことがあったの?』 ──…… 『何も言わないんじゃわからないわよぉ』 わかってもらおうと思ってないから黙ってるだけなのに。 『なぁ、行こうぜぇ。どうせこのお嬢ちゃんにゃ、『素質』はないみたいだしよぉ。それにほら、ほおってほしそうな顔してるしよぉ』 『あなたは黙ってて!』 『へいへい』 ──…… 『えと……何があったのかは知らないけどさ、こんなところで泣いてるだけじゃ、何も解決しないわよ?』 ──…… 『つらいことがあっても、負けちゃだめ。ちゃんと面と向かって勝負しないと、生きていけないわよ?』 ──…… 何を言うかと思えば、こんな他人にまで説教されるなんて、つくづく嫌な大人たちだ。 『それとも……何もできないから、つらいのかしら』 ──…… 『いじめられてるのか、何かされたのか、それとも何かしたいけどできないのか……私にはわからないけど、さ。地面なんか見たって、あなたの望むような結果は落ちてはいないわ』 ──…… 『何もできないなんて、そんなことあるはずがないわ。あなたは、何をすればいいのかわかろうとしてないだけ。だから泣いているのよ』 ──…… 『あなたにだって、できることはあるわ。いじめられたって、ただ何もしないだけじゃだめなの。何をすれば良くなるか、どうすればあなたのためになるのか、もっとよく考えてみて、ね?』 ──…… 『行こうぜぇ』 『もう、イクシードはすぐそうやってせかすんだから……じゃ、またね。可愛い顔が台無しになっちゃうよっ』 ──…… そう言って変な二人組みはどこかへ行ってしまった。 どうやら私が、学校でいじめられていると勘違いしてたようだけど…… ──何が、できるのか……か そうだ……ここで泣きべそかいてても、何もできてないじゃないの。今の私に出来ること……なんだろう。 ──病院の場所がわからないなら……あ、そうだ 彼の家で待っていればいいんだ。 そうして彼の家の玄関の前でずっと待っていて、夕方になって蒼木は帰って来た。 『あれ、何でお前ここにいるんだぁ?』 あっけらかんとした顔で私のほうを見てる蒼木を見て、私の中で熱いものがこみあげてきた。 ──……あ、蒼木ぃ! 『わっ、ちょっ、痛いってば』 わけも分からず抱きついてしまった。 彼の胸で思いっきり泣いた。 彼の顔を見て……ほっとして、我慢してたものが一気に、あふれた。 ──うわあああん! 『わぁーったから、落ち着け、な。ちょっと離れろって』 ──うう…… それでも離さなかった。 彼の親に見つかるまで、ずっと抱きついていた。 彼の傷はたいしたことはなくて、交通事故といっても自転車と接触しただけだった。それでも結構でかい傷がひざのほうに出来ていて、おおげさに包帯が巻かれていた。 『かすり傷だよ、ほんと』 彼はそう言うが、私はずっと、大丈夫?とか、痛くない?とかしきりに聞いていた。 ──心配したんだからぁ! 『ご、ごめんってばぁ、泣くなよもう』 その日は一日中泣きっぱなしで、結局彼に家まで送ってもらうことになった。 学校抜け出したのが親にバレて怒られたが、彼がなんとかフォローしてくれた。 ──心配させないで……危ないとこに行っちゃだめ…… 『わかったわかった、もうそんな心配させないから、な?』 ──絶対……だからね……』 『約束する』 確かそれが、ファーストキスだったと思う。 私の家の前で、ほんのちょっぴり、浅いキスをした。 『じゃ、また明日な』 ──うん…… 『じゃぁな!もう行くからな!』 ──うん…… 彼の姿が見えなくなっても、私はずっと泣いていた。 事故から少しあとの、秋のことだった。彼がこんなことを話していた。 『あの事故にあったときさ、病院のベッドで見たんだけどさ、おうこう……?高校だっけ、俺あそこに行こうと思うんだ』 ──なんで?あそこすごく難しいよ?』 『そりゃそうだけど……ま、俺の頭なら問題ないだろ』 ──……ずるい。 悪気はないのか、さらっとそんなことを言う蒼木にわざとらしくスネた。 『でもさ、あそこ俺んちからもお前んちからも近いんだよ。ちょうど俺らの家の真ん中にある感じ。だからさ、高校に入ってからも会うのに苦労しないじゃん?』 ──……やっぱりずるい。 『へ?』 ──蒼木がそう言ってくれるのは嬉しいけど、私バカだから……あんなとこ行けない。 『いや、別に水城が行く必要は……』 ──私も蒼木と一緒の学校がいい。 少し怒りっぽく言うと、彼は困った顔をしていた。 『うーん……今からでも間に合う、か。俺が勉強見てやるよ』 ──……ほんと? 『そのかわり!毎日勉強して、絶対合格しろよな』 ──うげー、カンニングペーパーとか作ってくれりゃそれで十分なのにぃ。 『……ほんっとバカだなぁ』 ──えへへ…… すごく嬉しかったんだけど、それからの勉強はかなりハードなものだった。 調べたところ、桜光高校は偏差値が64もあり、私の脳内ではありえない数字だった。蒼木の偏差値はだいたい69か70ぐらいと本人は言っていたけど、私はというと……50あるかないかだ。 はっきり言って、無謀な挑戦だった。 親にも、 『私立に行くのは反対じゃないんだけどねぇ……彼のためだからって、そんな難しい学校に行かなくてもいいじゃない』 と言われ、学校の内申点も低かったこともあって、がけっぷちの状態だった。 そんな私に、彼は優しく勉強を教えてくれた。 わからないわからないとダダをこねていても、私にちゃんとわかるよう彼なりに教えてくれた。 一番驚いたのが、その勉強のおかげで成績がぐんと上がったことだった。われながら素晴らしいと思うぐらいに。 冬の中間テストでは、それまで30点か40点しかとれなかったのが、なんと70点以上もとれるようになった。 ──あれ、こんな簡単だっけ? と思わずニヤついてしまうほど、学校のテストが簡単に思えてきたのだ。 ──蒼木には感謝しないとなぁ…… その後もほぼ毎日蒼木とつきっきりで勉強して、さらに成績は上がった。 それで気づいた……一目ぼれなんかじゃなく、真に彼のことが好きだと思えるようになったのだ。 蒼木となら頑張れる……そんな気がしたのだ。 桜光高校の受験当日、受験番号がなんと隣同士の数字だったので、教室も一緒だったし、席も隣だった。 試験が始まるギリギリまで二人で勉強して、いっぱい頑張った。 ──いける、これなら蒼木と……!! 緊張で震える手を押さえながら、水城は問題をスラスラ解いていった。 合格発表日は二月十四日だった。バレンタインの日だ。 家に通知が来た。小さい茶封筒に小さい白い紙が入ってた。 確実に点がとれたような気がしたので、迷うことはなかった。 その紙の真ん中に、小さく、「合格おめでとうございます」と書かれている。 その紙を持って、すぐ蒼木の家に行った。 すでに蒼木が玄関の前に立っていて、合格だと教えてくれた。 私は嬉しくって、蒼木に抱きついた。 たくさんキスもした。 これで高校も、ずっと一緒だねと、笑って喜んだ。 蒼木も照れくさそうに、良かったなと言ってくれた。 ──あ、そうだ。私、チョコ作ったの。 待ちきれなくて玄関でチョコを手渡した。一晩かけて作った、自身たっぷりのチョコである。 『ほぉー、どれどれぇ?』 ピンクのリボンをほどいて小さな包みを開けると、小さな丸いチョコが四つ入っていた。 ──数は少ないけれど、味はばっちりなんだから。 チョコの中にアーモンドをくだいた粉末が入ったもの。乾燥イチゴをチョコで覆ったもの。生チョコの中にさらに濃い味のチョコが入ったもの。そしてりんご味のゼリーが入ったチョコ。 ──そのゼリーが入ったのが一番難しかったのよぉ、何度失敗したことか。 『じゃぁ水城の力作ってわけだなぁ……うおっ、うまい!』 私の作った一口サイズのチョコを口に入れて、彼は驚いた。 『すげーおいしいぞ、よくがんばってくれたなぁ』 ──でしょぉ? 『こんなちっちゃかったら全部食べるのもったいないな』 ──まぁまぁそう言わずにぃ。 ほれほれ、と肩をつついて食べるよううながした。彼がまた一つチョコを口に入れる。 『これもうまいぞ、うん。こっちのもうまい……』 あっという間に全部食べた。 ──どう、感想は? 『すげーうまいよ、ありがとな』 素直に嬉しかった。 チョコをあげるのは今年が初めてだったので、甘いものは嫌いかどうか心配だったが、彼はおいしいと言ってくれた。よかった。 ──ホワイトデー、期待してるわよ。ふふ。 『あ、てめぇー、それが狙いだな』 ──えへへー……あ、雪だ。 『ほんとだ……』 空を見上げると、ちらほらと雪が落ちてくる。 手を広げると、小さな白い一粒は、手の上にのって、溶けた。 ──すぐ消えちゃうよねぇ。 あーあ、と哀しそうな表情をして、また空を見上げた。 『それは、人間の体温があったかいからだよ、ほら』 ──ひゃぁっ、急に手にぎらないでよぉ。 彼の手はあったかかった。身体は寒かったけど、彼といると温かい…… 『さ、ここにいてちゃ冷えるだろ。家ん中入ろうぜ、お祝いだ!』 ──うん! こうやって、二人で手をとって笑いあえる日が、永遠に続くといいなぁ…… 「水城ぃ、私の授業で寝るなんて、度胸あるねぇ、ええ?」 「は、はいい!?」 気がつくと瀬戸先生が目の前にいた。どうやら眠っていたらしい。 「あの黒板に書かれた式を解けるかどうか聞こうとしたんだけど、ま水城にゃ無理か」 「……す、すいませぇん」 どっとクラス中に笑い声が響いた。 「どんまいどんまい!」 「彼と夜中まで電話してるから眠いのよねぇ」 あはははは、と笑われる中、一人恥ずかしい思いをして……思い出す。 そうだ、蒼木がいないんだった。 「まぁ水城、今度たーっぷり補講してやるから、覚悟しろよ」 瀬戸先生はにんまり笑っているが、その奥には優しさがなかった。 「……はい」 軽く頭を下げて、授業終了を告げるチャイムが鳴る。 「よしじゃぁ今日はここまで、きりぃーつ」 「礼!」 その合図とともに、水城麻奈は昼食もとらずに教室を走り去っていった。 |