LastEclipse 第一章:失墜のプライド6 【長編小説】| ページ内の末尾へ |


正体〜yourself〜

──人類をも超越し、進化した人間──『CEED』

* * *

「あなたに、話したいことがあるのよ──蒼木君」
 何を考えているのか読み取りにくい奇妙な微笑で、瀬戸絢華は話しかけてきた。
 ベンチの脇に飾られた造花が、ひどく似合う。
 冬の冷風にあおられ、その青色の髪がなびいていた。
 それなのに全然寒くなかった。むしろ生暖かいとさえ感じた。
「……『神隠し』の犯人は、あんたなのか、瀬戸先生」
 蒼木護はベンチから距離をとって、押し殺した声で聞いた。
「ふぅん、あなたの中では、そういう答えが出たわけだ」
 瀬戸は悪びれる様子も、挑発するような態度も無かった。
 蒼木にはそれが逆に、余裕を持っているのだと感じた。
「……ざけんじゃねぇ!」
 怒涛どとうのごとく叫んでも、瀬戸はとくにひるんだ様子はない。
「あんたが……あんたが殺したんだろう、どうやったかは知らないけど、あんたが市原を……」
 瀬戸は何も答えない。しかし、答えないということは肯定の意味だと思ってもおかしくはない。
「罪の無い人間をあんなに殺したのは何故だ!」
「……」
「俺、見たんだぞ。昨日、殺人現場にあんたがいた!普通ならあそこで警察を呼ぶはずだ、呼ばなかったわけを言ってもらおうか!」
 勢いにまかせて叫んだため、はぁはぁと息が荒れた。
「……うーん、困ったものねぇ」
 瀬戸は口をむっとさせて立ち上がった。
「バレたからには、消しちゃおっかな」
 どこかふざけたような口ぶりだったが、その内容はぞっとするほど恐ろしいものだった。
 こっちに歩いてくる……
「くそ……」
 階段を降りるよりも瀬戸の足は速いだろう。きっと俺も殺されるのだ、市原たちのように……
 まだ瀬戸があんなところにいる。ひどくスローに歩いてきているように思えた。
 そして自分もまた、一歩も動いていない。後ろに走ろうとして、まだ足が動いていない。
 時間が止まったのではない、恐怖で足が動かないのだ。
 ゆっくりゆっくり、近づいてくる……
 やっぱり、もうだめだ……!眼を閉じて、逃げ出したくなった。殺される……!
 蒼木が死を覚悟したとき、瀬戸の足は一メートル先で止まった。
「なーんちゃって、ウ・ソ」
 ……一瞬何を言っているのかわからず、殺すならさっさと殺してくれと思った。この場で殺してくれたら、きっと逃げられない──
「冗談だってぇ、そんなに怖がるとは思わなかったもん。びっくりしたよほんと」
「……え?」
 瀬戸の方をみると、また笑っていた。無邪気な子供のような、屈託のない笑顔。そして、ちょっとバツの悪そうな顔もしていた。
「残念だけど、あの事件の犯人は私じゃないわ、蒼木君」
 その時の蒼木は、きっと物凄く間抜けな顔をしていたのだろう……開いた口がふさがらなかった。
「犯人じゃないって……え、どういう……?」
 信じられないといった感じだ。
「だからぁ、私は『神隠し』の犯人じゃないわ。ま、疑われて当然か」
「……えええええええええええええええええ!?」
 一気に身体の力が抜けて、その場に膝をついた。
 どうやら自分は……とんでもない勘違いをしていたみたいだった。


「そ、その……えと、すいませんでし……た」
 その後二人は、屋上にあるベンチのうちの一つに腰かけて、話していた。
 一人は勝ち誇ったかのような顔をしていて、もう一人はものすごく暗い顔をしていた。
「や、やだなぁ。謝らないでよ。私の方こそ、ごめんね」
 そこには授業中に見かけるいつもの笑顔そのものだった。
「そりゃ、死体を前にして平然としてるなんて、おかしいよねぇ。でも、こんな身体で、あんなに人なんて殺せると思う?」
 瀬戸先生は立ってくるりと一回転してみせた。
「むしろその犯人に狙われる方でしょぉ?こんなにか弱いんだから」
「……そ、そうですね」
 何を言われても蒼木は頭が上がらなかった。
 自分の頭の中では、瀬戸先生が犯人と思い込んでいた。もちろん最初は、ウソだとか冗談だとか、全然信じていなかった。
 でもよく考えたら、か弱いかどうかは知らないけど、女性にこんな犯行ができるだろうか。
 男性なら、力ずくでとか、腹いせにとかで、その気になれば素手で人を殺せるぐらいの体力や筋力がある。女性で、それも教師という職業についている人が、あんなに大量に殺人をすることはまずない。よほど精神が異常でない限り。
 見たところ、いわゆるヤクをやっているとか、自閉症とかうつ病とか、そういったところは一切なかった。精神異常者ではないことはいえる。
 もしあの金髪男のような『力』を持っていたとしても……動機なんてあるのだろうか。
 学園もののサスペンスで、犯人は実は身近にいるという例は結構多い。もちろんフィクションだけど。やっぱり自分は、小説やテレビに影響されすぎてるだけなのかもしれない……調子に乗りすぎていた。
 勝手に変な推理とかしていた自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だった。
 けれど、あの夜見た瀬戸先生の行動が、それだけはどう考えてもおかしい行動だった。
 怖くなって逃げたそぶりもなかった。とすればやっぱり、何か関係しているのか……
「で、そろそろ私の話、聞いてくれるかなぁ」
 そういえば、話があると言っていた。
「あ……はい」
「ん。何から話そうかなぁ」
 瀬戸はそのまま、屋上のフェンスにもたれかかった。
 眼は、どこか遠い空のほうを向いていた。
「私ね、あなたの身体がおかしくなった原因、知ってるの」
「え!?」
 驚かずにはいられなかった。
「蒼木君……イクシードに会ったのね」
「なんでそんなことを!?」
 何故瀬戸先生が、あの妙な金髪男の名前を知っているのだろうか。
「……」
 しばらく瀬戸先生は黙り込んだ。
 彼女の方を向くと、太陽はだいぶ低い位置にあった。少しだけ眩しい。
 見下ろした街が、陽射ひざしを浴びて金色に輝いている。
 沈黙する彼女とその風景を見て、どこか寂しい。
「あなたの身体に起きた異変。それはもう、夢でも何でもないわ」
 こちらを見ているようで、その後ろの光景を見ているような表情で、淡々と喋った。
「ついこの間までは平凡な高校生活を送っていたのだろうけど、もう、二度と……元には戻らない」
 胸にナイフを突きつけられたような、鋭く重い声に変わった。
「あなたの身体に起きた異変……それは、『進化』よ」
「進化……?」
「そう、人の形をしていて、人を先を行く者……古代の人々はそれを、神と呼んだわ。全知全能と言われ、あらゆる力を持ったその人を」
「まさか……」
 蒼木の問いかけに、瀬戸は首を振った。
「いいえ、さすがに人類は神にはなれないわ。けれど、それに最も限りなく近づいた存在は、人類よ。そして、その人類をも超越し、進化した人間を、私たちはこう呼んでいるわ……『シード』と」
「シード……?種?」
「いいえ、違うわ。C、E、E、DでCEEDシードよ」
「俺が……その、CEEDってやつに?」
「そう……」
 急にそんな聞いたこともない横文字を並べられても、実感があるはずがない。
「最近、冗談多すぎるんだよな……」
 片手で頭を抑えて、首を振った。理解できないことが多すぎた。
「プロウィルスという言葉を知っているかしら」
「……いや」
「細胞の中に入り込んで、遺伝子を書き換えてしまうウィルスのことよ。そして遺伝子を書き換えられた生物は、それ以前とは異なる能力を獲得するの。本来無毒のはずのジフテリア菌が、人を死に至らしめるほどの猛毒を持つようになったりね」
「それって……!」
 蒼木ははっと気づく。それまでとは異なる能力……例えば、触ったものが凍ってしまったりするのも、そのせいだと言うのか!?
「そしてそのプロウィルスは、人間の身体の中にもあるの。ヒトゲノム──それが『人間である』と定義づけられた、人間の細胞の中にある遺伝子──そのヒトゲノムの中に内在するプロウィルスが存在するの。その構造はまだ解明されていないけれど、人の進化や発生に関わっていることは確かだとされているわ」
「そのプロウィルスが発現すると、俺みたいになる……んですか?」
「いえ、そうじゃないわ。一般人では、プロウィルスが発現したときに自己免疫疾患となるの。免疫力の無くなった患者たちは、糖尿病なんかが発生しやすくなる。プロウィルスというのは、発現することによってそういった病気を引き起こさせる誘導作用があるの。でも、ごくまれに、そのウィルスのせいで体内の構造が変わってしまう人間がいる」
「それが、CEEDだと……?」
「そのとおりよ。そのプロウィルスが、外部からの何らかの影響で活動がさかんになって、人外の力を得ることが出来るの。そして、通常は全体の三十パーセントしか活動していないと言われている人間の脳が、百パーセント開放される」
「そんな……」
「今でさえこれだけ知能のいい人間が、脳で感覚や神経や、知能を操作する能力がたった三十パーセントしか使われていないのよ?それが百パーセントで発揮できるとなったら、人間はどうなるでしょうね……」
 恐ろしい話だ。そうなれば人間は、どんな科学者たちにも負けない明晰めいせきな頭脳と、あのときの『凍らせる』ような、通常の人間ではあり得ない力を手にしてしまう。
 蒼木は、あの保健室で起こった出来事を思い出す。持っただけで凍ってしまった薬品、自分の身体から発する、異常な冷気……
「CEEDになってしまった人間は、他の人間にはない『能力』が身につくわ。といっても、実はそんなに大げさなものじゃないのよ」
「大げさじゃない?俺は、液体を持つと一瞬で氷になってしまうほどのおかしな身体になってしまったんですよ?」
「それが、あなたの『能力』なのね。あんまり見たことない力だけど……例えば電気ウナギなんかは、強力なものであれば人間を失神させるほどの電気を放出することも可能だし、ある種のサソリは、象ほどの巨体な生き物でも殺すほどの毒を持っている」
「そんなこと言っても、次元が違うじゃないですか。こんな危険な力……」
「そうね、じゃぁ……細菌兵器でも使われているサリンみたいな致死量の高い毒物があるけど、生物が自らが生成する毒は非常に致死量が高いの。そのサリンと比べると、二百倍以上もの致死率があるわ。サソリやヘビなんかでも、それだけの危険性があるの。あれだけの、小さな身体で。じゃぁそれを人間が使えるようになったとすれば、どれだけ巨大なものになるかしら?ましてやCEEDとなった人間がその力を使えば、『神隠し』のように人間を粉々にすることもおおいに可能なの」
 そのとおりだった。あれだけの小さい身体にそれほどの武器が隠されている。人間がそれを使うとなれば……
「超音波を発して虫を殺して捕獲するコウモリもそうよ。それをもし人間が使えたら、どんな生き物でも超音波だけで倒すことも可能。アリの触覚を持ってすれば、人間の身体能力なら数十キロ先の物まで探知できると言われているわ」
「なる……ほど……」
「あなたのその『能力』も、絶対に解明できるわ。あまりにも力が大きすぎて異常だと思うかもしれないだけ。ニュートン力学に反する運動は、この世には存在しないもの」
「さすが、物理の先生っすね」
 こうして一つずつ説明されると、素直にうなずくしかできなくなる。本当にえらいんだなと素直に感心する。
「本当は、科学のほうが自信あるんだけどね」
 少し自慢げそうに鼻を鳴らすと、またフェンスの向こうへ顔を向ける。
「イクシードは……あいつは、そのプロウィルスを、遠隔的に、そして人為的に発現させることができるの」
「なんですって?」
 そうか、だからそれで、身体に異変が出たのか。

 ──どうやら俺の『声』を聞いちまったやつは……

 あの金髪男は、自分の『声』が聞こえるものがそうなってしまうと言っていた。
「もともとCEEDと呼ばれた人間は、生まれつきそういう体質になってしまった人ばかりなの。たまたまプロウィルスが、突然変異で発現した……本来なら自己免疫疾患になってしまうはずなのに、身体能力は伸びる一方。その原因はまだ解明されていない、でもその子たちには決まって、体力や知能の上昇、そして超能力みたいなことを引き起こすようになったわ」
「……」
「イクシードには、プロウィルスを無理やり引き起こさせる……特殊な音波というか電波というか、そういう波長の流れを作ることができるの。もちろんイクシード本人は、生まれついてのCEEDということがわかっているわ」
 その金髪男の話をするとき、瀬戸先生は少しだけ声を荒げた。悔しさというか無念さというか、そう思わせる喋り方だった。
 顔はフェンスの向こうを向いたままだ。
「その力であいつは……多くのCEEDを作ろうとしているのよ。おそらく軍事目的か何かでしょうけど、そうやって人外の力を手に入れた人間が大勢いたら、世界はどうなると思う?CEED自身だって進化はするわ。もし街一つ消し飛ぶほどの力を身につけるCEEDが現れたら、太刀打ちできるものは多分無い」
「そ……そんな力があるやつも、いるんですか」
「まだわからないけどね……可能性の問題よ」
 あくまで可能性だとしても、そんな人間がこの世に一人でも存在すれば、世界は滅ぶだろう。
 ますます、自分がSFじみた世界に溶け込んでいくのがわかる。これが夢なら、どんなに楽しい夢だったろう。
 話がひと段落ついたのか、瀬戸先生は蒼木の隣に座った。
 太陽はすでに沈みかけていて、地平線に落ちていく赤い光が屋上をつつんだ。
 瀬戸先生は無言で何も言わない。話は済んだのだろうか?こちらとしては聞きたいことが山ほどあるというのに。
 またしばらく、沈黙が続いた。
 あまりに多くのことが身の回りに起きて、対処できない自分がいる。
 今聞いた話にしても、疑問点が多すぎる。そもそもなんで瀬戸先生がイクシードのことを知っていて、しかも俺のような──CEED、という人たちのことを知っているのだろう。
 聞くべきことが多すぎて何を聞けばいいのかがわからなかった。沈黙が続けば続くほど、頭が狂ってしまいそうである。
 その沈黙を先に破ったのも、瀬戸先生からだった。
「『神隠し』の被害者が、全員十七歳の少年だということは、知っているわね?」
 急に話を変えたので反射的に答える。
「あ、あぁ、はい」
「じゃぁ……その被害者たちの出身中学が、全員同じだということは、知っている?」
「え……!いや、知りませんけど」
 蒼木が知っているのは被害者の年齢だけで、全ての被害者の身元を調べたわけではなかった。そんな共通点があるなんて、考えもしなかった。高校は違うというのは知っていたが、それだけだ。
 ……ということは、あの市原のいた学校?
「高校は違うみたいだったけれど、中学校は全員同じだった。被害者の年齢も同じ。それだけでも犯人は、ほとんど特定したようなものだわ。ほぼ学校関係者と言ってもいいのに、中学校のときにせずに高校のときにしたってこと、これで教師が起こした事件ではないことがわかるわ」
「恨みがあったとしても、高校に行ってしまっては問題はなくなるから……ですか?」
「そう、部外者でそれだけの騒動を起こすことはないだろうし、まず部外者なら動機が不明だわ。この事件の犯人は……おそらく、彼らと同じ中学校出身のはずよ。きっと、彼らと同じクラスなんでしょうね、二年前に卒業したそのクラスの名簿を見て、被害者が全員同じクラスだったということもわかっているわ」
「そんな……」
 その言葉を聞いて、自分のミスの重大さに改めて気づく。
 まず瀬戸先生を疑っていただけでも相当な過失なのに、犯人は自分と同じ十七歳という。自分の推理よりかなりの説得力があるし、こんなにも詳しい情報を持っていて調べた上での結果なのだろう。警察やマスコミなんかから、そういった情報は伝えられていない。極秘の情報かもしれない。
「それと……昨日の夜、なんであの公園にいたかというと……被害者候補を尾行していたのよ、あなたと同じでね」
「……つけてたの、バレてたんすか」
「当たり前よお、そう思って警察に通報するのもやめたんだから。現場見たらどうなるんだろうと思ってね」
 いたずらっぽくウィンクしてみせた。こちらのことなど、この人にはお見通しなのだろう。
「でも、その……被害者候補というのは?」
「この人は狙われるかもしれないっていう人たちよ、彼らのクラスの名簿から割り当てた。十三人……いや、十四人か、それだけの死者を出しているのに被害者に女子がいないことから、男子だけを狙っていた可能性が非常に高い。三十六人のクラスで、女子が十六人いた……生き残っている男子は現在六人。でも、その中にいるとわかってても、救えなかった……」
 表面上は笑っていても、心では泣いているような声だ。
「犯人に、攻撃されたの」
「攻撃って、まさか」
「そう……今回の犯人は、おそらくCEEDよ」
「CEED……」
 さすがにもう驚かなかった。瀬戸先生が最初にCEEDの話をしたとき、薄々感づいていた。
「あの公園に行く前、私はすでに犯人と接触していたの。暗くて顔はよく見えなかったけど……殺人現場を目撃して止めよとした。犯人は、何か糸のようなもので私に攻撃した」
「糸?」
「道具か、能力を使ったのかは知らない。何か極細ワイヤーのような、ピアノ線のようなものだったわ」
 聞いたことがある。細い細い糸は、カッターや包丁よりも鋭い切れ味を持つ。ピンと張った糸を触ると、皮膚が切れてしまうのだ。
 同様に、薄い紙の切れ端でも簡単に人の身体を傷つけてしまう。
「軽い傷で済んだんだけど、そのあと逃げられて……公園に行ったとき、あの子はすでに死んでいた」
「……」
「道具を使ったとしても、彼の身体能力は異常だった。人間にはない反射神経を持っていたの。私と同じように、ね」
「先生も、そのCEEDとかってやつなんですね」
「ええ、そうよ。普通、こんなに速く走れる女がいると思う?」
 これも薄々そうじゃないかと思っていた。でも実際、かなりの衝撃はあった。
「瀬戸先生って……一体、何者なんですか?」
 蒼木は、いつになく真剣に聞いた。
 しかしそんな問いかけにも答えることはなく、
「まぁ、今はそんなことが問題ではないの。その、被害者たちがいたクラスの名簿の中に……」
 瀬戸先生の言葉を最後まで聞く前に、屋上のドアが大きな音を立てた。
「蒼木!こんなところにいたの!」
 息を切らしてそこに立っていたのは、水城麻奈だった。
「み、水城!な、なんでこんなところに?」
「こっちのセリフよ!なんで蒼木がこんなところで、せ、瀬戸先生と二人で屋上なんか!」
 何故か水城は、相当怒っているようだった。あれ、最近こういう光景を見るのが多いような……
 それに対して瀬戸先生が代わりに答えた。
「あらぁ?勉強のことで生徒と話してるのに、教室でも屋上でも関係ないと思うわよぉ、ね?蒼木君」
「う……そ、そうですけど」
 男子からも女子からも美人だと言われている先生なのだ。二人きりでこんな場所にいると、そういう誤解を招くこともあるのかもしれない。
「じゃ、邪魔者は退散するわ。またね、蒼木君」
 蒼木と水城をよそに、瀬戸先生は先に席を離れた。
「あ、先生!」
 蒼木の呼びかけに、瀬戸先生はこちらを見ずに階段を降りようとしていた。
「俺……先生の話は、だいたい理解できました。でも、やっぱり、信じられません」
 瀬戸先生はそのまま左手を上げて、階段を降りていった。一応返事はしてくれた。
 呆然と突っ立ったままの蒼木と水城だけが、その場に残った。
 また水城を説得させるのが大変そうだなと、ため息をついた。

* * *

 さんざん言い合って、それでもなんとか水城を説得させることに成功した蒼木は、自分の部屋で疲れ果てていた。
 これといって見たい番組もなく、適当にテレビをつける。芸能人と政治家たちが議論し合うトーク番組だ。
 タイトルは、『どこまで増える!?神の犠牲者』というもの。
「神、ねぇ」
 どうせ何の解決もないまま、最近起きている事件のことについて議論するのだろう。精神がイっているとか、死について深く考えるべきだとか、大人たちはそれっぽいことを言っているつもりなのだろう。
 こちらからすれば、自分のことじゃなければ言い放題だな、なんて感じだ。
 ついこの間も、結構有名だった芸人が痴漢で警察に捕まったという。えらそうに講釈をたれていて、自分のこととなるとただ頭を下げることしかできないのだ。大人ってのは、ほんと信用できないものだ。
 それでも結局、何かを起こすのも何かをしてくれるのも大人たちしかいない。何もできない子供には、大人という存在がいてこそ子供で、人間でいられるのだ。昔から嫌だと感じていても、大人の言うことに従わなければならないのだ。
 その大人という立場にいずれなってしまうのかと思うと、将来がひどく頼りないものに思えてきた。  大人たちはウソばっかり平気でつく、利己主義ばかりだと思っている。それでも大人たちを信じていないと生きられない自分たちが、無力で情けなかった。
 実際、蒼木はほとんどパニック寸前の精神状態だった。
 知らない男にわけもわからずモルモットだのなんだの言われ、自分の身体には自分でも理解できない現象が起き、そして『神隠し』の真相とも言える事実を聞かされたこと。
 状況が飲み込めないまま、自分の周りでは不可思議なことばかり起きる。理解できない行動や言動は、はっきり癖のある蒼木にとって最も苦痛なことだった。自分の身体のことさえもわからなくなってきている。
 また、結局自分のやっていることは無意味だったのかと思う哀しさ。得意げに調べたつもりでも、大人たちはいつもその先を行っている。自分たちが必死に積み上げてきた知識や思いは、すでに過去に大人たちの手によって立証されていることばかりだ。
 ふと、何で自分は生きているのだろうと考えた。
 本当に自分たちがこんなことをして、意味があるのだろうか。現在の科学はますます進歩するばかりだが、人間には寿命というものがある。その寿命が尽きる前に、自分の知恵を子供に伝えるのが、大人の役目であり生きている理由なのだろうか。
 なら何故、伝える必要があるのか……生きていたって、こんなにわけのわからないことばかりで頭を悩まして、勝手に落ち込んで、泣いて、つらいことの繰り返しを何故繰り返さなければならないのだろう。
 そんなにつらいなら、消えてなくなってしまえばいいのに。つらいことを知っているのなら、同じ過ちを自分たちの子供に繰り返させないよう、そこで途絶えればいいのに。
「……でも、そうはいかないよなぁ」
 蒼木がかろうじて取り乱さずにいられたのは、大事な友人たちや、彼女──水城麻奈が、心の支えになっていたからだった。
 それに、あの話をしてくれたのが瀬戸先生だったから、というのもあった。まがりなりにも女性だ。それがどんなに気に入らない相手だったとしても、平然としている女性の前で取り乱すわけにはいかない。水城にしてもそうだけど。
 どんなにつらいことがあっても、なんとか発狂せずに生きていられる……それは、自分は独りではいないということなのだろう。失恋したからって本当に悲しむ人はいても、死ぬまでには至らないはずだ。そこには友人や家族の支え、精神安定剤となるようなものが必ずある。だから人は自殺してしまうことなんてほとんどないし、その精神安定剤が自分の生きる理由につながるのだろう。本当に、独りでもない限り……
 自分の今一番の精神安定剤は、他ならぬ彼女の存在と、かつての友人の市原のおかげだろう。  彼女がいたから、ここまでがんばってこれた。市原がいたから、逃げないと誓えた。それが今の蒼木の、生きている理由だった。
 逃げ出したら、何かに負けたような気がする。
 今回のことでも……自分の身に起こったことも、ちゃんと正面切っていかないといけない。一度にたくさんのことが起こるから、整理できていないだけなのだ。そう自分に言い聞かせて……
「……だぁー!わかんねぇー!」
 それでもやっぱり、はっきり癖だけは抜けない。
「あの金髪男って誰だ?CEEDって何だ?自分は結局どうなったんだ?わけのわかんねぇ事多すぎだってほんと」
 蒼木はいつになく悩んでいた。発狂しないでいるだけで、少しでも気が緩むとどうなるかわかったもんじゃない。
「俺の身体の、人外の力って……」
 ベッドに寝転びながら、自分の手を天井にかざしてみる。なんてことはない、普通の手だ。
「……他の人は、この力のことを知っているのかな。もし何も知らない人がいるところで、前みたいに急に凍りだしたら嫌だし……せめてその使い方でもわかればなぁ」
 瀬戸先生の言っていたことを、一つ一つ思い出してみる。
 金髪男に関係する話が一番気になるが、どう考えてもわかりっこないので、それは考えないことにした。
 プロウィルス……聞いたこともない名前だった。少なくとも中学や高校では習わない、専門の生物学に出てくる言葉で、その方面では結構有名な言葉らしい。一応、一通りネットで調べてはみた。
 確かにそれが発現してしまうと、糖尿病などの病気を引き起こしやすくなってしまうらしい。けれどどのページを見てもそれ以上のことは書いておらず、CEEDという単語を検索してもヒットしない。本当に、限られたごく一部の人しか知らないわけだ。
 それから、『神隠し』のこと。瀬戸先生がなんであんなに詳しいのか、素性は知らないけど……同年代の犯行の可能性があると言っていた。
 あの後、先生は何を言おうとしていた?被害者たちのクラス名簿の中に……?
「やっぱ、わかんねぇなぁ」
 いっそ一度全部忘れて楽になりたかった。何故自分なんだろう、俺はそんな人外の力なんて欲しくなかった。運命という言葉が本当にあるのなら、こんな突飛的なことでさえ必然とされたことなのだろうか。
 いつもならどんな方程式でも解けるのに、自分のことや『神隠し』のことをどれだけ考えても答えはでない。たとえ新たな真実を知ったとはいえ、自分の考えていた答えが全て間違っていれば、事件解明は振り出しに戻ったと同じことになる。
 彼の家のすぐ近所に住んでいる幼馴染の、緋村恭也こと恭兄に相談してみようかなども考えたが、いくら面倒見がよくて親身になってくれるとはいえ、こんな話信じてもらえるはずがない。
「……明日、先生に聞けばいいか。もう今日は寝よう」
 電球から伸びる一本の線を引っ張ると、部屋の中は闇に閉ざされた。



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5:確信 6:正体 7:対峙 8:発覚 9:慟哭
10:序幕 あとがき