LastEclipse 第一章:失墜のプライド1 【長編小説】| ページ内の末尾へ |


前奏〜Prelude〜

【エクリプス…Eclipse】
[名](地位・名声などの)失墜、(権勢などの)衰え

* * *

 てめぇは、自分がどうして生まれてきたとか、何で生きていかなきゃいけないのかとか、考えたことはあるか?
 何でてめぇは生きているんだ?人生ってもんは、そんなに楽しいものなのか?
 人生なんて、案外つまらないもんだぜ?見たくもないものを見せられて、感じたくもないものを感じさせられて……今まで生きててよかったと、真に思える人なんて、本当は数少ないんじゃないのか?
 そう……人生ってもんは、つまらないもんさ。実際、つまらないって思うから、「死にたい」なんて思うんだろ?「死にたい」って思ったことのないやつなんか、この世にはいないと思うぜ?
 じゃぁ何でてめぇは死なないんだ?それは別に、自殺する度胸がないとか、痛い思いしてまでそんなことしたくないとか、面倒だから退屈な人生を送ってるとか、そういうんじゃないだろ?
 「生きていたい」と思うからこそ、だ。俺はそう思うぜ?矛盾しているようだけどよ。
 何かつらいことがあったときはよ、自分自身に適当な言い訳を作って、とりあえず「死にたい」って思うんだ。生きてる意味なんかない、ってな。
 そうだ、てめぇは自分に甘えてるんだ。死にたいと思うことによって人生から逃げている。真っ向から勝負しないで、はなっから背を向けてるようなもんだ。
 もし本当に「死にたい」と思ってるなら、てめぇはとっくの昔に死んでいる。思ったその直後に実行しなければ、その「死にたい」って思う感情はただの自分に対しての言い訳だと思うぜ俺は。
 てぇことはだな……てめぇはまだ、生きていたいんだ。自分では自覚していなくとも、てめぇにとっては、てめぇの人生の中で、何か必ず「死にたくないと思う感情」となるようなもんがあるはずだ。
 てめぇの中にあるその感情は一体なんだと思う?てめぇ自身は絶対に気づかないと思うがな。それに気づけるやつは、ある意味で初めて「生きている」と言えよう。
 要するに、生き死にも考えないで、ただ目の前の事情にばかり直視していて、結局はてめぇの人生、中途半端に生きてるんだよな?
 そうだ……人間ってもんは中途半端だ。自分のこともわからないで、周りのことをわかろうとする……死にたいと思ってても、あとをずるずる引きずって、今まで生きていること……それ自体が全部中途半端だ。
 てめぇの人生、そんなもんでいいのか?ただ一時の感情に流されて、ただ何事もなく年をとっていって、ただただ平和に人生を終える……果たしてそれは、ちゃんと「生きていた」と言えるのか?満足だと思うような人生を送れていたのか?
 ……この俺様が、てめぇらに、その「生きる意味」とやらを教えてやる。


 俺の名前はイクシード。自分の人生もろくに決められないまま、ずっと『そこ』にしばられていた俺は、とうとうその組織から逃亡することを決意した。
 お前らのために俺は生きてるんじゃない……自分自身のための人生だ、ってな。
 そこで俺は、自分の人生を問うていまだ答えを導けないやつらを、指導することになった。新しい組織を作ったのだ。
 だがそれは……中途半端な平和を送っている平凡な高校生、蒼木護あおきまもるの人生を大きく変えることとなった。
 やつのまわりで渦まく少年少女と、そしてやつ自身が、俺ら「混沌」という名の渦の中心にたどり着いたとき、果たしてやつらが見たものは……そしてそこにある、いまだ解決されていない「生と死」について、やつらは答えを導き出すことができるのか……
 これは、失いかけたものを取り戻すための物語。はかなく、哀れで、人生に迷いを感じている、これはある四人の少年少女の物語──





LastEclipse Episode 1
失墜のプライド
〜Pride to lose〜

* * *

「──の謎の失踪からちょうど一年。いまだに彼女は見つかっておらず、きわめて残虐な大量殺人事件の容疑の可能性があるとして行方を追っている警察も……」
 一年前に、その名を知らない人はいないと言っても過言ではないくらいの、ある有名女性歌手が失踪した。その事件からちょうど一年がたつ。詳しいことはもちろん俺たち一般市民には公開されないだろうが、どうやら何十枚目かの新曲を記念するコンサートを開いた、翌日に行方がわからなくなったらしい。しかもこれは、あくまでうわさだが……どうやらそのコンサートを訪れた数万人の観客が、全員絶命していたらしい。
 コンサートがあった日に、コンサートの会場内で大量殺人……そして当の本人、その有名女性歌手はその日に失踪する。これは絶対何か事件があると思うと俺はにらんでいる。探偵の真似事をする気はないが、どうも最近俺たちが暮らしている日常が、なんだか歪んでいる気がする……あー、どう表現していいかわかんねぇ、とにかく今日本では、俺たちの知らない裏で何かものすごいことをやってるんじゃないかとか、そういうわくわくさせるようなもんがあるに違いないと思うんだ。
 実は半年ぐらい前か、うちの町の近くでも殺人事件が後を立たない。といっても、ニュースなんかで毎日人が死んでるのを報道されてるんだし、たまたま家の近くだからといって別に驚くほどでもない。
 驚くべきは、その殺人事件とやらが、異様にうちの近所に集中しているということだ。
 これは絶対何かあるぞ……と俺は思う。今も行われているに違いないその事件、必ず犯人は近くにいると思う。もしかして俺がその犯人を捕まえて、ヒーローになれるのではないか……などと夢みたいなことを思いつつ、実は現実にはそんなSFじみたことなんてないのだと思い知らされる。
「護ぅ、朝ごはん出来たわよ!こっちへいらっしゃい」
 母が俺を呼ぶ声がする。現在朝の6時45分といったところか。
 自室にある朝のニュースを、朝食の時間までぼーっとながめるのが習慣じみている。何よりニュースを見るのが好きで、というか今の日本の社会を知るのが好きでこうしてニュースを見ているわけだけど。今はあの一年前の失踪事件についてなんかやっている。犯人の人物像だとか、犯人はその歌手ではないかとか、評論家たちの意見が後を絶たない。こうやって想像したりするのは好きだが、逆に断定されると腹が立つ。わざわざ決め付けてやってくれなくてもいいじゃないかと思うんだが、実際俺がそう思うときはいつもそのとおりになる。
 どこかでまだ、昔のようにヒーローごっこをしているような気がする自分を思って、苦笑し、そして落胆する。こんなとこ誰にも見せられないよなぁ、などと。
「まーもーるー!」
「はいはい、今行くって」
 そろそろ行かなきゃなと思い、制服に着替えてリビングのある一階へ降りる。
 もちろんさっきから母が呼んでいたので、すでに朝食が出来ていることはわかっている。今日のメニューは焼いた食パンとスクランブルエッグ、それにハムとレタスが少々だ。
「いっただっきまーす」
 今日も特に急ぐ用事はないので、パンをのんびり口に運ぶ。学校が家から30分の距離にあるというのは嬉しい。遠い人なんかは2時間かけて学校へ来るらしい、全くなんでそんなとこ受けたんだか。
 というのもうちの学校は進学高校では有名で、名前を桜光おうこう高校という。私立の高校で偏差値も高く、本当に勉強をするためだけに行くような学校だ。
 高校の裏手に大きな丘があり、山というほどでかくもないのだが生徒の間では裏山と呼ばれている。春になるとその裏山に咲く桜がものすごく綺麗で、芸能人なんかも花見に来るほどだ。高校の名前の由来もそれにもとづいているらしい。
 そして、その桜光高校で今年二年生になる俺、蒼木まもるは、実はニュースなんて見てる暇もないぐらいうちの学校は受験で忙しいんだけど、まぁ俺は頭もえらいし、スポーツは……万能じゃないけれど、とりあえず他の皆ほど受験だのなんだので慌てる必要もないし、といったところか。なんて教室の中で言うとものすごく嫌な目で見られるので、一年の頃以来言ったことはない。
 頭がいいってとこ以外は、別に普通の男子高校生……あぁあと、はっきりしておきたいことはとことんはっきりしておきたい性格で、よくしつこいとかも言われる。あとニュースの話にいちいち首を突っ込みすぎるそうで、あぶなっかしい人として見られているんだとか。自覚したことないけど。
 こんな性格だけれど一応彼女はいるんだ。中学のころから付き合ってて、明るいけどちょっとガサツなところが可愛らしい。でも頭のほうは……実は結構悪い。よくうちの学校に受かったと今でも思うよ。
 ……それはともかく、俺は母が毎日作ってくれる朝食を今日もぺろりとたいらげる。
「ごちそーさん。んじゃ、学校いってくるわ」
「気をつけてねぇ。寒いからあったかくしていきなさいよ」
「はぁい」
 そう言っていつものように学校へ向かう。
 授業の用意は前の日に済ませてあるし、朝起きるときに制服へ着替えるので、朝飯を食べるとすぐ学校へ行くというのが俺のスタイルだ。家の近くにバスがあり、そこから30分間バスの中で新聞を読む。世界の裏側ではこんなことが起きてるんだなと、毎日関心する。
 ゴトゴトと揺られるバスの中は心地よい。朝はバスが混雑するのだが、このバス停はどうやらここが始発らしく、朝一番で誰もいないバスに乗れる。いつも俺は一番前の席に座って30分間新聞を読む。高校に通いだしてから、これが毎日の日課となっている。
「──です。お降りになる方は、バスが停まるまで、そのままお待ち下さい」
 というアナウンスを聞いて、もうすぐ学校に着くなと思い新聞をかばんに入れる。
 と、そのとき後ろから声がかけられた。
「よう、蒼木じゃないか。今日もいいニュースあったかぁ?」
 と笑いながら話しかける。顔見知りなので特に警戒こともなく、
「なーんにも。どうせどこも『神隠し』の話でもちきりさ」
「ほぉ、やっぱ最近はやってんもんなぁ」
「殺人事件をはやってるなんて、言うもんじゃないぜ。橋本も気をつけろよな、この辺は特に多いんだろ」
「そうなんだよなぁ、男ばっかり狙われてるんだろ。俺も襲われちゃうかも、なんちゃって」
 と笑いながら橋本すぐるは言う。同じクラスメイトで、桜光高校の近所に住んでいる。優しいやつなんだが、どこか危機感がない。こいつも何かと首を突っ込みたくなるから、そういうところは俺に似ている。
 『神隠し』と呼ばれているのは、最近この近所……桜光高校の周辺で起きている連続殺人事件のことだ。何故か男子ばかりしか狙われていないらしく、半年前から殺人が始まっている。しかも年齢は全員17歳、俺らと同い年ばかりの男子が狙われていることになる。
 人のことは言えないが、もっとも近い場所で殺人が行われている橋本が危なっかしくてすごく心配だが、本人は案外気にした様子もなく、
「門限はまもってるんで。狙われてんのは全部夜中らしいじゃんか、大丈夫だろ」
 などと言う。
 橋本とはこのバスの中で結構顔を合わすので、同じクラスということもあって結構軽く会話ができる。バスに乗っててこの時間に橋本が来ないと、実は少し寂しかったりもする。
「まぁ気をつけなよ、俺に似て危ないとこあるからな」
「おや、それは蒼木も一緒だろう」
 笑いながら喋っているとどうやら学校に着いたようだ。駅名を表示するランプに、桜光高校前と表示されている。
「んじゃ、おりっか」
 ここまではいつもと変わらない朝の風景だった。もちろん何に警戒することもなく、慣れた動作でバスを降りると……ふと後ろから声が聞こえた。

 ──足の速いおせっかいチーターには、気をつけるこったな──

 まるで耳元でささやかれたような感触があり、背筋が凍った。
 後ろを見てもバスの中は人ごみで、誰に言われたのか区別できない。
「どうした蒼木、先行くぞ」
 確かにすぐ後ろから聞こえたんだけど……
「ん、あ、あぁ。今行くよ」
「どうした?」
「いや別に。なんでもないよ」
 もう一度後ろを振り返ると、バスは次の駅へ向かって走り去った。
 耳に妙な違和感がある。今もささやかれている感触があり、考えると頭が痛くなる。
「具合でも悪いのか?」
「いやほんと大丈夫だから。ほれ、はやく学校いかねーと」
「……大丈夫そうにはみえねーけど。顔真っ青だぞ。風邪でもひいたか?」
 気がつくと頭をおさえている自分がいた。
「あー……バスに揺られて酔ったのかもな」
「毎朝乗ってるのにか?まぁそう言うんならいいけど、あとで水飲んどけよ」
「おう、さんきゅ」
 しかし違和感は消えない。
 学校へ向かいながら考える。
 さっき言われたのはなんだったのだろうか……低い男の声だった、多分40代かそこら。中年のような感じだった。
 チーターとか言ってたけど……足の速いってことはあの、動物のか?街中のどこにチーターがいるってんだよ。
 だいたいもしかしたら俺に言われたわけじゃないかもしれねぇし。バスの中での会話がたまたま耳に入ったとか。
 でもあんなに耳元で、はっきりと……
 しかしもう考えるのは止めにした。はっきりしたい癖があるというのは確かだが、自分に関係ないだろうと思われることは気にしないことにしている。
 ほんと、便利な頭だ。


 いつもならおはようと声をかけてくれる友達も、皆勉強で忙しい。学年末試験まで残り2週間を切り、朝から教室で勉強に励んでいる生徒が多いのである。
 成績の悪い生徒なんかはなおさら必死で、なんたって進学がかかっているのだから勉強しないわけがない。この桜光高校は大学や短大、専門学校への進学率は全て百パーセントなのだが、進学できなくなると留年扱いではなく、退学扱いとなる。学校の名誉をまもるためか、進学できない生徒は全て別の学校に転校させられるのだ。
 一年から二年に上がるときにもすでに何人か落ちている。二年になってその危機を実感し、この学年末試験で退学させられそうな生徒は死に物狂いで勉強している。
 そんな人たちにとったら俺なんて、涼しい顔して教室の中でも新聞を読んでいるのだから。そりゃぁ、冷たい目で見られないこともない。
「ほんっと、こんな時期に勉強しないやつなんてお前ぐらいだぜ」
 そう言うのは同じクラスメイトの唐金からかね達也だ。隣の席にいて、何かとよく喋る。なかなか気が合うやつで、よくゲーセンで遊んだりしてる。ちなみに俺がゲーセンで遊んでいるのを知ってるのは、クラスメイトのごく数人だ。親でさえ知らない。
 学年で常に上位の成績をキープしてる俺にとって、実は普段はゲーセンで遊んでるんです、なんて言ったらたちまちクラスの皆から冷やかされる。親にだって言えたもんじゃない。
「でも日本の政治や経済を知っておくのは、国民として当たり前のことだろ」
「そうかもしんねーけど、なんかじじむさいんだよな。学生らしく、もっといっぱい遊んだり勉強したりしろよな」
「じゃぁ俺は、学生らしく新聞でも見とくよ」
「やれやれ」
 肩をすくめながら言われたが、呆れられているのではなく、友達同士だからできるコミュニケーションだ。
 唐金と話していると、後ろからトントンと肩をたたかれた。
「そいや俺今日テレビ欄みてねーんだ、ちょっと見せてよ」
「お、おい」
 そう言って俺の新聞を取るのは、後ろの席に座っている元谷もとたに兵悟ひょうごだ。俺や唐金ほど成績がいいわけでもないのに、元谷は勉強もしないで上機嫌だ。そんなんで試験のボーダーライン以上の点数をとれるのだろうかと思う。
「んだよー、今日は七時から野球じゃねーか。せっかくあのお笑いやってると思ったのに」
 とか平気で言うから、こいつの頭を疑う。
「まぁさっさとかえしやがれよ」
「わぁったよぉ…ん?」
 元谷が一つの記事を見やる。
「どうした?」
「いや、これ……」
 そう言って指差したのは、例の『神隠し』の事件だった。
「また、死んだのか……」
「……あぁ、そうだな」
 皆被害者がこの学校の近くということもあって、内心びくびくしている男子生徒がかなり多い。女子も心配しているようではあるが……今は勉強のほうが大事らしい。
 それに半年以上前から連続殺人が相次いでるのに、被害者が全員17歳というところを見ると、どうやら統一性があるようにみえる。三年生になれば狙われないだろうと思って、少しずつ安堵した顔を見せる者もいた。
 学年末試験がある以上に、もうすぐ春休みなのだ。もちろん進学できないと話にならないが、春休みとなると気も楽になる。
「……まぁここの生徒は狙われんだろ、大丈夫さ」
 と言ったのは意外にも橋本だった。
「うお、お前いつのまに」
「心臓に悪いぞ」
「すまんすまん」
 どうやらトイレにいってたらしく、今教室に帰ってきたら皆勉強に必死な雰囲気だったので、楽しそうに会話してる俺らのとこへ来たらしい。
「でもなんでお前にわかんだよ」
「いや……だって被害者にうちの生徒いねーだろ、半年以上も」
「まぁそうだな……」
 橋本の家が学校に近いということを知ってるのは俺だけだったので、あえてつっこまなかったが、
「でも家が高校に近い生徒もいるだろうに、そんなやつらは警戒しといたほうがいいんじゃないか」
 しかしさすがに半年以上も、うちの高校の生徒が被害者にいないという事実があるので、そんなに言うほど気にしてない男子生徒もいる。でもやはり絶対狙われない可能性がないとは言えない。なぜなら…
「でも統一性があるのは年齢と性別だけで、学校は被害者それぞれ違うとこなんだろ」
 少なからず事件について調べていた俺は、被害者が通っている学校がそれぞれ違うということも知っていた。
「お前そんなこともしってんのか。さすがじじむさいだけあって……」
「じじむさいは余計だ」
 と言いつつも、元谷は本当に関心しているようだった。
「とりあえず元谷は勉強しなさい」
「ちぇっ、わかったよ。まだ残ってる課題があるんだったなぁ」
「まぁどうせ……俺らが考えてもしょうがないんじゃないのか。今はテストだ、テスト!」
 橋本が話をシめると、自分の席に戻っていった。橋本は席が後ろのほうなのだ。
 俺の席は一番前の一番左にあって、教室の窓側の位置にある。一人で落ち着くのには本当にいい場所だが、話す友達が少なくて少し寂しい。隣にいるやつらが相手してくれるからいいけど。
「あ、そうだ蒼木、この前の数学の宿題。問いの八番だっけ?見せてくれよ」
「なんだよ唐金、やってねーのかよ」
「まぁそう言わずに、ひとつ頼むわ」
 そうやってしぶしぶやりとりする俺らを、後ろにいる元谷がニヤニヤしながら見ていた。


 とかまぁかったるい授業も終わって、今から昼休みだ。今日は購買部でパンを買おうと思った。お気に入りのチョコサンドが残っており、もうすぐ売切れそうだったので慌てて買った。
 教室に帰ろうとしたとき、教室の手前で津田雅美まさみに呼び止められた。
 津田とは友達で、俺の彼女の水城みずき麻奈まなの親友だ。津田ははじめ高校のときに水城と知り合って、そのあと水城の彼氏ということで俺と津田が仲良くなったのだ。
 俺と水城とは別のクラスにいて、俺と水城が直接連絡をとれなかったときは、津田が伝言係になってくれるのだ。俺が呼ばれる場合は、たいてい彼女のことについて何か怒られたりするのではないのだろうかと思ったりする。津田のほうが水城よりしっかりしてて、水城が言いにくそうなことがあったら津田がズバズバ言いやがるからだ。
 正直まだ津田には慣れてない部分がある。
「ちょっとちょっと」
 せかせかした様子で俺を呼び止めるときは、たいてい水城がらみのことなんだろう。
「なんだ、どうしたよ」
「ええっと……」
 顔の前で手を組んで、どこか言いにくそうな顔をしている。やはり水城に何かあったんじゃないかと思ったが、津田の口から出た言葉はそんなに深刻なものでもなかった」
「ま……麻奈がさ、屋上でお昼、一緒に、食べたいってさ。待ってるって、言ってたわよ」
「ん?お、おう。さんきゅーな」
「ど、ども」
 と短く言うと、津田は足早に教室の中に入った。何をあんなに挙動不審になっているのだろうか……?
 外の窓から津田をのぞいてみると、早く行きなさいよと言いたげな目をしてるが、でも俺とそんなに目を合わせようともしない……
「なんだ?あいつ」
 なんか今日はまわりの視線がやけに気になる。朝のあの、妙なささやきに動揺しているのだろうか……
 校内の階段をのぼっていると、ちょうど階段の折り返し地点で一人の女子生徒が駆け足で下におりていくのを見た。通りがかりだし知らない顔なので無視したが……なんだか泣きそうな顔をしていた。
 再び階段をのぼりはじめると、今度は男子生徒とぶつかった。向こうも駆け足だったらしく、ぶつかったときの衝撃が結構来た。
「お、おい!気をつけて歩け……あれ?」
 一瞬目を疑ったのは、それが顔見知りの……いや、顔見知りどころか、近所の幼馴染の緋村ひむら恭也きょうやだった。
きょう兄ぃ、どうした?」
「わ、わりぃ。今ここに女の子おりてこなかったか?どっちへ行った?」
「え、あぁ。今の子なら下におりて……」
「わかった」
 言うや否や、こちらの話を聞き終わる前に急いで階段をおりていった。上から急いでおりてきたけど……何かあったのかな。
 恭兄ぃこと緋村恭也は、同じ番地に住んでいて昔からいつも同じ学校にいる幼馴染だ。一つ年上で今は三年生のはずなんだけど、学年末試験の勉強もせずに何をやってるんだろうか……
 俺より頭がえててたまに勉強を教えてもらっているし、恭兄ぃも常に学年上位の成績だから気にかけるほどでもないだろうけど。
 三年生の教室は校舎の四階にあって、二年生が三階、一年生が二階だ。一階には食堂やら職員室やら事務やらがあって、五階には実験室や美術室などがある。屋上は六階だ。
 今ぶつかった階は四階なのに……それで上からおりてくるってことは、五階か屋上にいることになる。昼休みに実験室なんか用なんてないだろうし。
 昼食を食べに屋上へ……?今昼休みが始まったばかりなのに、なんでおりてくるんだ。
 考えてもやっぱりわからないので、とりあえず恭兄ぃにはあとで聞くとして……はっきりしたい癖があるからか、自分の周りでわけのわからない態度や行動を起こされると、なんだかイライラするのだ。
 しかしやはり考えるのはやめる。昼休みの時間まで体力を使いたくはないので、はやく水城の待つ屋上へ向かうことにした。
 五階の階段をのぼったさらに上、階段の行き止まりのところに屋上へ通じる扉がある。校舎内が広いので屋上もかなり広く、ミニグラウンドとして男子がサッカーなどをやって遊んでいることが多い。
 扉を開けるとまず緑色が目につく。
 ガーデニングがほどこされていて、屋上の入り口付近だけだが花が沢山咲いている。名前はわからないが、どれも小さくてかわいらしい花ばかりだ。黄色やピンクや、青や紫。様々な種類の花が飾られている。
 さすがにひまわりほどの大きさの花はないが、大きいのでだいたい一メートルほど。大きい花ほど入り口付近で多く咲いて、中に進むにつれ小さい花ばかりになっていく。
 そのガーデニングの華美さを失わないためにと、飼育部が屋上の床一面に芝生しばふを敷いているから、屋上にいるのにまるで草原の中にいるような気分になる。冬だろうが夏だろうが年中花は咲いており、ベンチもあるので昼食時はそこで裏山の桜を見ながら食べる人も大勢いる。
 その芝生に囲まれた複数のベンチが並んでいるうちの一つに、水城は座っていた。さすがに冬ということもあって、周りには他に誰もいなかった。寒い中屋上で飯くってるやつなんて、水城ぐらいだし。
 水城は俺の姿を確認すると、座りながら笑ってこちらに手を振った。ひざには購買部で買ったと思われるパンがある。水城の大好きなチーズバーガーだ。
「やっほー、遅かったぞ蒼木ぃ」
 そう言って自分の座っているベンチの横を、ぽんぽんと手でたたく。座れということだな。
 俺も笑いながらパンを包みから出す。
「いやすまねぇ、ちょっと色々な。それよりお前こそ、なんで俺に直接言ってこないんだよ」
「だぁってぇ。私が先にパン買いにいったら、あんた教室にいなかったもん。一年の時は同じクラスだったからいいけどさぁ、離れ離れになるとつまんないよねぇ」
 最後にいただきますと付け足してチーズバーガーを口に入れた。待ってていてくれたのだろうか、一口も食べていないようだ。ほんの少しだけ、申し訳ないと思う。
「それなら別に教室で待っててくれてもいいじゃねーか。なんだって津田を使いっぱにするんだか」
 言いつつ俺もチョコサンドを口に入れる。いつもながらここの購買部のパンはうまいと思う。絶妙な味だ。
「やだよあんな、むっさ苦しいところ!どいつもこいつも、ご飯食べながら勉強してるじゃない。まるで勉強するついでに食べてるみたいな感じだったわよ」
「わからないことでもないけどよぉ、それなら購買んとこで待っててくれりゃいいじゃねぇか」
「あそこは人が多いじゃん、どこにいるかわからないし。あーもう、こうして会えたんだからいいじゃない!男はごちゃごちゃ言わないの!」
 水城はぷりぷり怒りながら、でもやっぱり食べている。もぐもぐしながら言われても、最後のほうが聞き取れないのだが。
「わぁーったよ……あ、そうだ。屋上に恭兄ぃ来なかった?今階段で会ったんだけど、なんかすげー急いでた感じだったし。なんかあったのかな」
「あ、それなら……と」
 もぐもぐ噛んでいる。飲み込み終わるまでしばらく待っていると、
「私も見たわよ、ていうか、私が屋上に来たときにはすでにいたんだけど。見かけない女子と一緒にいたけど、私が来たらすぐおりていったわよ?あの人、なんか泣きそうな顔してた」
「お前がここに来たときにいるっつーことは、四時間目からいたってことか?恭兄ぃ、授業さぼったのかな?」
「それはわかんないけど、なんか深刻そうだったよぉ。まさか愛の告白?それとも別れ話?」
「恭兄ぃには彼女いるんだぞ、そんなわけあるかよ」
「わかんないわよぉ?二股だったり。まぁ私も緋村先輩のことは知ってるから、それはないと思うけど。むしろ二股かけてる人いたら殴りそうだしね」
 笑いながら恐ろしいことを言う。恭兄ぃが聞いたら怒るだろうな。
「うーん……」
「なぁに、他人の心配より自分の心配したらぁ?」
「それを言うなら、そのセリフをそっくりそのままお前に返すよ」
「あら、私はテストのことなんて気にしてないわよ。赤点さえとらなきゃ進級はできるんだし」
「んなこと……あるか。はぁ……」
 やっぱり俺にゃ縁のない話か。たいていいつも何が原因で誰が喧嘩したとか、そういう些細ささいなことぐらいしかないしな。
「もー、神経質になりすぎだって。私だから良かったけど、他の女の子と付き合ったら絶対引かれてるわよ。なんてことない他人の会話じゃないのさ」
「んなこと言うなよ、心配している青少年と言ってくれ」
 ガラにもないことをすらすらと言うが、笑われるのは見えていた。
「その青少年の面倒をいつも見ている私はなんなんでしょうね」
「世話になんかなってねーよ、いつも俺が勉強みてやってるくせに」
「頭いいのは認めるけど、ずっと新聞よんでおっさん臭いと思ったら、探偵みたいな真似事もするし余計な心配もするし。私の身にもなってよね、ほんと」
 俺にとってはそれが当たり前なので、はぁ、とため息をつかれるとまるで自分を全部否定されてるような気持ちにもなる。
 でもこいつにそういうことを言われると、冗談で言ってくれてるんだなというのはわかる。五年も付き合ってりゃ、いまさら少々もめたって別れる理由なんてないし。
「すいませんねぇ。でもやっぱ気になるから、あとで恭兄ぃに聞いてみるよ」
「……そういうのは聞かないほうがいいと思うんだけどなぁ。あんたにゃわからんか」
 ぼそぼそと言われたのでよく聞こえなかった。
「え、なんか言った?」
「別にぃ」
 そう言って再びチーズバーガーを食べ始める。さすがにこれ以上この会話は続けれないと思い、俺ももぐもぐと食べ始めた。
 しばらく沈黙が続くと、水城が静かにつぶやいた。
「……お願いだから、危ないことに首つっこんじゃヤだからね」
 その声にはさっきまでのような機嫌よさなどなく、真剣そのものだった。
「わかってるよ」
 俺もそうつぶやき、そのあともう少しお喋りしてから、五時間目のチャイムが鳴る前に教室に戻った。


 結局その日は、学校では本当に何もなかったんだけれど。結局恭兄ぃにも会えなかったし、それともどこかで忘れちゃったのかもしれない。
 あの朝のことだ。あれがずっと胸にひっかかった針のような感じがして、今日は学校が終わるとすぐ家に帰った。
 あまり寝付けなくて、なんだか身体が熱く感じた。熱でもあるのだろうか、でもそんな病気めいたものじゃなく、本当に暑かった。
 二月の夜。暖房をつけてるわけでもないのに、布団をかぶらなくても暑い。きっとあの朝のせいだ。
 一応風邪薬を飲んで、布団の上で横になっていると、いつの間にか眠ってしまった。
 遠くで救急車のサイレンの音が聞こえたような気がしたが、起きる上がる気にはなれなかった。

* * *

「や、やめてくれぇ!俺は悪くないんだ。お前をやったのは、死んだあいつらだろう?」
 真夜中、桜光高校から少し離れた裏山の奥から人の叫び声がする。その林の中に影が二つ、一つは完全におびえきって足がすくんで、どうやら立てないようだ。
 もう一人はまったくおびえることなんてなく、まるで弱者を見下すような冷たい……無感動の目で相手を見下ろしていた。
「でもお前も、あのグループに入ってたよなぁ?いまさら自分は無実です、なんで言うんじゃないだろうねぇ?」
「違うんだ、俺はあいつらに言われただけで、本当はそんな気なんてなかったんだよ!」
「お前に気なんてなくても……グループ犯行は、全員同罪なんだぜ?」
 立っていた人影はそうつぶやいて、相手に向かって右腕を伸ばした。
「だ、だいたいもう二年も前の話じゃねぇか、なんで今になって恨みを買わなきゃいけないんだよ、な?も、もうやめようぜこんなこと」
 出した右腕の指を、つい、と軽い動作で動かした。
 するとなんということか、相手の男の左肩が、ごそりと削げ落ちたではないか。
「うぎゃああああああああああ!」
「お前を含めてあと三人、あと三人殺せば終わらせるさ。お前らが平気でのうのうと生きてることに腹が立つんだよ」
 立っている男は、平然と、どこかゆっくりした感じの喋り方だ。だがたった今『見えない何か』によって左肩を切断させられた男のほうは、発狂してもはや誰の会話も聞こえなくなっていた。
「し、死にたくない!嫌だ!助けてくれぇ!」
「……あの時、お前らに命乞いをした時、お前らは助けてくれたのか?」
 もう一度、ついと指を動かすと、次は相手の右肩が切断された。
 もはや力の差は明らかだった。まるでライオンが、野うさぎをいたぶるような光景であった。
「っ……!!」
 声にならない叫びを上げ、必死で逃げようとするが、両腕がないため立てない。ついに寝そべる形になり、成すすべはない。
「おびえろ、後悔しろ、詫びろ、恥を知れ。そして……死ね」
 それが強者の最後の言葉だった。もう一振り指を動かすと、相手の男の身体はバラバラに散った。
 後には男の着ていた服が血で真っ赤に染まっていただけだった。小さな肉片だけが周りに散らばり、異臭を放った。
「……」
 強者は振り返りもせず、その場を去った。


 それから二時間後、たまたま夜中にコンビニへ行く途中だった初老の男が、通りがかりに赤く染まった光景を目撃した。
 その殺人事件の第一発見者とされた彼は、
「見るのは初めてだ……これがあの、例の連続殺人事件なのか?人間にできることじゃぁない……あんなむごいもん、テレビでも見たことなかった。恐ろしや……」
 と、終始恐怖しながら話していたという。
 半年前から行われている連続殺人事件、『神隠し』の、十三人目の殺人であった。



ご愛読ありがとうございました!
よければ『LastEclipse』の感想・批評を掲示板投票にてお願いします。
次回作の方でもよろしくお願いしますm(_ _)m

LastEclipse 第一章もくじ ←前の話へ    次の話へ→    | ページ内の先頭へ |
0:人物紹介 1:前奏 2:変異 3:過去 4:遭遇
5:確信 6:正体 7:対峙 8:発覚 9:慟哭
10:序幕 あとがき