| LastEclipse 第一章:失墜のプライド2 | 【長編小説】| ページ内の末尾へ | |
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自分、という名の恐怖からの逃げ道は……この世にあるのだろうか? * * * 夢を見ていた。 すぐにそれが悪夢だとわかった。 朝、バスの中で気がかりになっていたあの男のことが、忘れられないのだ。 顔は見ていない……その男は、夢の中でもぼんやりとした印象で、けれどその男だと断定できたのは、とにかく異質で、まるでどこにいても耳元でささやかれているような……あの声だった。 ──お前には今、やらなければいけないことがある。 その男は、目の前でつっ立っているくせに、しかしその声は自分の後ろのほうから聞こえてくる感じだった。 あたりは真っ暗……黒い煙が立ち込めた、奇妙な空間にいた。 「なんだよ、それ」 どうせ夢なんだし、ここで得られる答えはない。仕方なく、質問するしかなかった。 ──お前はもうじき、三つの選択をせまられる。 「は?どういうことだよ」 えらく難解な夢だと思った。たいてい夢っていうのは、本人の願望意識とか、その日すごく印象に残って頭から離れない衝撃的なことが頭の中で なのにこれじゃ──確かにあの奇妙な男のことは気になっていたけれど──見たこともない風景や会話を交わしたこともない男のことなんか、夢に出てくるだろうか? 本当に夢なのかどうかを錯覚させるものであった。 そして……やはり男は、こちらの質問を無視して、 ──いいか、選べるのは必ず一つだ。三つ選ぶことも、二つ選ぶことも、そして全てを選択しないこともできない。必ず一つの答えを迫られる。 「だから何のことを言ってるんだよ、これからってどういうことだ?」 ──これは実験だ。お前は我々のモルモットに過ぎない……さぁ、お前の答えを、そしてお前の『能力』を見せてもらおうか── そう言い残して、男は闇の中にすうっと消えるように溶け込もうとしていた。まるで最初から、何も無かったかのように。 「ま、待ってくれ!俺が何だって?それに今、なんて言った?」 手を伸ばしてその男が消えるのを静止しようとした。 ……しかし男の腕はつかむことはできなかった。 完全に姿が消えたとき、自分の身体も闇に消えていこうとしている。 そして、誰もいないはずのその闇の中で、またあの声が聞こえた。 ──また会おう、蒼木君── * * * 「護ぅ、朝ごはん出来たわよ!」 母の呼ぶ声がする。現在朝の6時45分。 しかし……30分前からすでに目が覚めていた蒼木 自室にあるテレビを見て……その顔が 「──今朝、 驚かないはずがない。それは彼の通う高校の名前であり、その裏の森林とは……生徒たちの間では、『裏山』と呼ばれている丘であった。 「──非常に多くの血が付着し、被害者の服だけが真っ赤に残っているこれは……今最も残酷な連続殺人事件、『神隠し』の被害者だと思われます。今までの被害者の現場とあまりにも また被害者が出たのだ、あの事件の。それも今回は、今までの現場の中で桜光高校から最も近い、裏山で事件があった。蒼木はあ然とテレビを見つめているだけだった。 「──死亡推定時刻は今朝の朝二時頃とされており、警察は真夜中に行われた犯行としてみています。現在被害者の身元の確認を急いでおり──」 また被害者が……また…… 「まーもーる!あら、起きてたの?」 母が自室まで入ってきたので、慌ててテレビを消した。 「あ、あぁ……今行こうと思ってたんだ」 「まったくもう、ご飯冷めるわよ。早く降りてらっしゃい」 「はぁい」 部屋を出る母の背を見つめながら、蒼木護は思いつめた表情で制服に着替えていた。 もしかすると次は自分かもしれない。自分じゃなくても、きっとまた殺人は起きる。 日本の警察は結構信頼がいいものだと思っていたけれど、こんなに殺人が連続して起きているというのに捕まえられないのは、一体どんな捜査をしているんだろう。 自分の身は自分で守らないといけない…… 「あれ、このご飯めちゃくちゃ冷たくない?」 護は朝食を一口食べて、それは明らかに異常な冷たさだった。時間を置いていたからとか、そういうんじゃなくて、なんていうか…… 「……なんかまるで、凍ってたみたいな」 「何言ってるのよぉ、大げさねぇ!護が早く起きてこないから悪いんでしょう」 「いや違うって、食べてみなよ!」 「嫌よぉ、私はもうご飯食べましたもんねー」 「えぇー……この冷たさは異常だって」 すごく変に思ったけど、さっきのニュースのことが気になって頭が回らなかった。文句は言っていたけれど、普通にその異常に冷たい朝食を食べていた。 冬だし、冷えることもあるのだろうと思っていたからだ。 全てたいらげて、今日もいつもどおり学校へ行こうとして、いきなり妙な頭痛に襲われた。 「くっ……!」 頭の奥がズキズキしていた。とてつもなく痛い。そして、身体の中が燃えるように熱かった。 「ま、護!大丈夫!?」 玄関で頭を抱えているのを、母が見て駆けつけてきた。頭を少し触られた。 「……あ、あんた!何よこれ!」 「……えぇ?」 頭をおさえたまま、今度は母が驚愕な表情をしていた。 「護の頭、物凄く冷たいわよ!病院に行かないと!」 「な、何言って……」 身体は物凄く熱いのに、母は護のことが冷たいと言った。 「救急車を呼ばないと!」 母は家の電話を使って救急車を呼ぼうとしていた。 「母さん、呼ばなくても、だいじょ……う……」 そうして護は、眠りにつくように意識を失くしていった。 * * * 意識を取り戻したときは、すでに夕暮れの光が部屋の中を照らしていた。 真っ白な部屋の中で、真っ白なベッドで、護は目を覚ましたのだ。 すぐにそこが、病院だとわかった。 「目が覚めたのね!」 急に隣で大きな声を出されて、一気に眠気が飛んだ。 「うお……びっくりさせんなよ。なんでここにいるんだ?」 聞いてから、何聞いてんだろ俺と思った。目の前に座っていた少女、水城麻奈は目に涙を浮かべて、 「……ばか!心配したんだからね!」 と言って抱きついてきた。 「ちょ、まっ、ここ病院……」 寝たままの状態でのしかかられ、水城は泣いていた。 「心配……したんだから……」 「……ごめん」 しばらくして落ち着いたのか、ベッドから離れて小さい丸イスに座った。 改めて彼女の姿を見ると、制服のままだった。きっと学校を飛び出してきたんだろう。 まだ鼻をすすっていたので、護は無言で彼女の顔をティッシュで拭いた。 「鼻水出てるぞ、だらしないなぁ」 「ばか」 護の持っていたティッシュを取り、自分で顔を拭いた。 「学校は、サボったのか?」 「……蒼木がいきなり意識不明って聞いて、いてもたってもいられなくて……」 「どっちが心配性なんだか」 笑って頭をなでてやると、急に立ち上がって、 「お、お母さん呼んでくる!」 と言って部屋を出た。 「やれやれ」 そういえば部屋がせまいなと思ったら、どこかの個室らしい。簡易ベッドとテレビと、小さな棚とイスがあるだけだった。 もう一度ベッドに寝転んで、窓のほうを見た。 そろそろ太陽が沈もうとしている。 部屋を見渡しても時計がないので、正確な時間はわからない。おそらく六時ごろなんだろうと思った。 そしてふと、あることに気づく。自分はこの病院に来たことがあった。 あれは中学三年生のとき、交通事故にあってしまって、あの時もひどく水城を混乱させてしまった。そのとき搬送された病院が、確かここだったような気がする。 あんまり覚えてないけど、この窓の外の風景を見たことがあった。遠くのほうに、桜光高校が見える。 家からそれほど遠くもないさそうで安心した。 しかし……ずいぶん寝てしまったなぁ。 朝、玄関で起こった頭痛からの記憶がない。ずっと眠っていたのだろうか。 そういや学校休んじゃったなぁ……ノートとらなきゃいけないのは面倒だからなぁ、出来れば休みたくなかった。 頭痛はもうなくて、気分が悪いとか身体が熱いとか、そういうのもとっくになくなっていた。立ちくらみがひどかったのかな、とのんきなことを考えていた。 というか、あの悪夢は見なかったものの、昨日のバス停で変な声を聞いてから、なんだか身体がおかしいような気がする。 今日の朝に起こったあの痛みは、何だったんだろう…… 「護!目が覚めたのね、良かったわ!」 と母がドアを勢いよくあけてこっちに来てくれた。 「母さん、ここ病院だよ」 「あらやだ、私ったら」 二人で笑っていると、後ろから看護士と思われる人と、水城が顔を出していた。 すっかり日も暮れて暗くなった夜道を、護と水城は歩いていた。 医者からは、肉体的疲労によるものでしょうと言われた。体温も平常なもので、意識もはっきりして食欲もあったので、もう問題ないと言われた。 むしろひどく体調が良かったぐらいだ、と医者に言うと、薬が効いているのでしょうと言われた。なんだか身体が軽かった。 「本当にもう具合は大丈夫なの?」 歩きながら、心配そうに聞いてきたので、 「もう大丈夫だよ」 と答えた。 母はというと、自転車で先に家に帰っていった。買い物があるからと、家で車を運転できるのは父だけだったから、先に帰ってるわ、とのこと。 病み上がりの息子をほおっておくのもどうかと思ったが、親に見送ってもらうような歳でもないし、実際ピンピンしている。それに彼女を家まで届けないといけなかったので、むしろそうしてくれたほうが良かった。 お大事にと言われて病院を出て、今彼女の家に向かって歩いているところだった。 あとで聞いてみると家からそんなに離れていない小さな病院で、しかも彼女の家からすごく近かった。歩いても15分とかからないだろう。 そしてやっぱりあの病院には行ったことがあるらしい。忘れたの?と彼女に聞かれ、うーん……と悩んでいると、ますますおじさんっぽくなってきたわよと言われた。余計なお世話だ。 時間はもう夜の八時で、彼女が軽食を出してくれたがそれ以外は何も食べてない。腹の音が聞こえるたびに、夕飯が恋しくなった。 「お母さんは、勉強のしすぎかもって言ってたわよ?たまには息抜きでもしたら?」 「勉強のしすぎ?とんでもない!俺は勉強しなくても、よゆーですから」 「あー、ムカつくー」 そんな他愛もない会話をして、彼女の家の前に着いた。 「明日は学校来るの?無理しなくてもいいからね」 「大丈夫、問題ないよ」 「ほんとかしら」 聞きながらも彼女の顔は嬉しそうだった。こっちのほうも問題ないな。 「んじゃ、また明日」 「うん、気をつけてね」 彼女の家が見えなくなるまでずっと手を振っていたので、こっちもいっぱい手を振った。 「さっさと帰るとするか」 このあたりにもバスが通っているので、広い大通りの道まで出ればすぐ家に帰れる。このあたりは薄暗く街灯も少ないので、人通りも少なく、大通りから一歩出ればたちまち闇と化す道になっていた。 その大通りに出るまでが、実はちょっと怖かったりする。このあたりも、あの『神隠し』の殺人現場近くなのだ。いつ襲われるかと思うと早足になっていた。 と……暗かったので判別しにくかったが、暗がりの向こうのほうで、見たことありそうな顔の人が角を曲がって行った。 外でも白衣を着て、いつも仏教 「物理の…… 桜光高校で物理の科目の授業を教えていて、若くて美人なことから男女ともに人気のある瀬戸先生がなんでここに……帰り道なのかな? なんとなく、なんとなくだが、心に引っかかるものがあった。 学校の帰り道にしてはおかしい。ここからバス亭までまだ距離はあるし、近くに電車の通っている駅もない。それに桜光高校から近いとはいえ、歩いていくぐらいなら自転車で行ったほうがいいと思われる距離だ。 夜道を一人で……白衣を着たまま? 何か、すごく気になる衝動に駆られ、その 角を曲がると、街灯の一つもない公園がそこにはあった。そこだけ真っ暗だったのだ。 住宅街の真ん中にあって、枯れた木がまわりに生えていて、アスレチックや小さい遊具などが、まるで廃墟を想像させるほどだった。 なんてことはない普通の公園が、ここに来てこの世とは異質のものに見えた。 大げさな表現かもしれないが、しいていえば……『まるで幽霊が出そう』な場所だった。 その公園の中央で、瀬戸先生はじっと立っている。 白衣のポケットに両手を入れて、ただじっと、何かを見ていた。砂場らしき場所だ。 護は瀬戸先生からは見えない位置に隠れて、様子を見ていた。 何かするのだろうか……と身を構えていると、なんと瀬戸先生はすぐ公園から去っていった。 一体公園で何をしていたのだろうか。 再び跡をつけてみると、明かるい大通りへ出る道へ行っていた。もう用事は済んだのだろうか……? これ以上後をつけても意味がないと思い、公園へ戻ってみることにした。 三メートル先も見えない闇で、砂を踏む音だけが聞こえる。 砂場は公園の隅のほうにある。公園の入り口から砂場まで、なんだかひどく遠いような感じがした。 胸騒ぎがする。 ひどく心臓が高鳴った。 何か、そこに何かがあるのだ。 鼻を刺すような臭いと悪寒が、その砂場を 足だけは進むのをやめない。 目をそらすことができない。 引き返せ……! 「これは……まさか……」 実際に見てみると吐き気が襲う。 かつてそれが、本当にいきいきとしていたものか、もはや定かではなかった。 護がその砂場で見つけた『それ』は…… 「人間の…………死体……」 * * * ニュースには、『第一発見者は桜光高校の生徒』ということで報じられた。 例の『神隠し』の十四人目の被害者だった。 そして護は、何故それが『神隠し』と呼ばれているのかの意味をやっと理解した。 本来神隠しとは、古い時代に子供ばかりが突然消失するという事件で、神が子供をさらったなどという言い伝えからきたものだ。 もちろん神などではなく、人身売買を商売とした異国の人が、子供をさらって暴行したり、金づるなどに使うという悪質な犯罪である。 それが転じて、遭難などで行方不明になった人のことを、神隠しにあうと言われるのだった。 では何故『神隠し』なのか。死体とはいえ、そこに存在するのだから神隠しとは違うのではないか。 ずっとそればかり考えていた。 「人間の……死体?」 あの時『それ』をみた護は、一瞬『それ』が何かわからなかった。 よく見てみると、なんと服しかなかったのだ。 シャツとコートと、ズボンと靴と。どれもが真紅に染まっていたのだ。 しかもその服は、何かで切られたような跡が無数にあった。 それだけだった。 しかし、しゃがみこんでよく見てみると……小さな、本当に小さな『肉』が散乱していた。 大きさにして、小さいものはアリの頭ぐらい。大きいものでもパチンコ玉ぐらいの大きさだった。 『それ』を見て、背筋がゾッとなるのを覚えている。 つまりそういうことなのだ。 最初からそこに存在していなかったような、それとも服だけ置いて生身の肉体だけさらっていかれたかのような、そう思わせるぐらいに細かく刻み込まれていたからなのだ。 服は細かくできなかったのか、一応原型はとどめていないけどそれが服であることは理解できた。 肝心の死体がどこにもない……と思わせるから『神隠し』なのであり、しかも実際、肉片という形で死体はそこらじゅうにたくさんあったのだ。 血が砂にしみこんだのか、そこ周辺の地面が真っ赤だった。 気が動転しながらも持っていた携帯電話で警察に通報し、暗闇だった公園は赤い光とサイレンで埋め尽くされた。 そして翌日、そのニュースが報道されたのだ。 「だから『神隠し』だったのか」 自分の推理したことと、警察に聞いたこと、そしてウワサになっていた『神隠し』の内容を一致させて、そういう結果にいたった。 「でもあんなの……あんなに細かく刻むなんて、人間のできることじゃないよなぁ」 自室ではなく居間でテレビを見ていて、護はぽつりとつぶやいた。 「そうよねぇ……朝ごはん、いる?」 「いや、いらない。食べる気がしない」 「そう、よねぇ」 あのあと結局家に警察が来て色々聞かれたので、母も何があったかは一応しっていた。ミンチ肉よりひどい有様だったし、食べる気がしないのは当たり前だろう。 「でも、昼はちゃんと食べるのよ?昨日の夜も何も食べてないじゃないの」 「ん、わかった。じゃ、行ってくる」 「いってらっしゃぁい」 バス亭に向かうまでずっと考えていた。 もしかしてこの『神隠し』事件は、かなり自分の近いところで起こっているのではないかと。 昨日見た十四人目の被害者も、やはり十七歳ということらしい。俺らと同じ年齢だ。 で、この地域の周辺ばかりで起きている。専門家が調べたところ、この半年間で起きた連続殺人事件の被害者──事件のあった現場の個所を線で引くと、なんと丸い円のような形になっていたという。その円の中心には、桜光高校があった。 どう考えても桜光高校に関係がないとは思えない。そして同時に、もしかして結構若い人の犯行じゃないかと思った。 こんなにあきらかにわかりやすく、桜光高校の周りばかりに集中している。もう少し頭が賢ければ、もっと計画的に犯行を行うべきである。 それとも逆に、これは世界に向けてのなんらかのアピールなのだろうか。桜光高校には何かがある、と、そんなメッセージが隠されているようにも見える。 どちらにしても、そんなことを考えて犯罪を犯してるっていうのは、少なくとも若い連中(一人かもしれないが複数かもしれない)だろう。高校にまつわるメッセージといったら、高校に関係のあることだろうし──生徒か教師がらみの暗号か何か──教師? 「現場には瀬戸先生がいた……まさか?」 桜光高校の周りでの犯罪で、しかも現場に桜光高校の教師がいた。とすればこれは、絶対に何かつながりがあるに違いない。 半年かかって、十四人の被害者が出た。でももうすぐ、事件の核心に近づけそうな気がする。 本当は自分が被害者になれば犯人と遭遇できるのだろうけど……犯人と出会ったときは、多分死ぬときだろうなぁ。 笑い事じゃないけど、そう考えるとなんだかおかしかった。 大通りにさしかかり、バス亭に行くとすでにバスが来ていた。 「おっと、やべぇな」 ドアが閉まりそうだったので、慌ててバスに乗った。 「ふー、間一髪、と」 始発だから人はいないものだが、乗るのに出遅れたせいかバスの中には数人ほど人がいる。お気に入りの一番前の席じゃ知らない人が座っていた。 こんな日もあるかと思って、別のイスに座って新聞を読もうとした。 「……あ、新聞持ってくるの忘れた」 学校を一日休んで、しかもその日はテレビや新聞を見ていなかったのだ。今日の朝見るつもりだったが、持って来るのを忘れていた。 護にとって新聞を見て初めて一日が始まるようなものだった<ので、ひどく落胆した。 「ったく、やってらんねぇー」 などとぼやいて、会社員らしき人が読んでいる新聞を覗き見た。 やはり昨日のことが書かれていた。『第一発見者は桜光高校の生徒』と。俺のことなんだろうなぁと思うと、嬉しいのか哀しいのかよくわからなくなってくる。 その記事を見ていたら、会社員らしき人がページをめくったので途中で見れなくなった。 覗き見る体勢もつらいので、見るのをあきらめた。 しばらくゴトゴト揺れていると、いつもどおり橋本優がバスに乗ってきた。 「よっ、もう熱は大丈夫なのか?大変だって聞いたぞぉ、麻奈ちゃんから」 「……はぁ」 「なんだ、どうした?俺の顔みてため息つくことないじゃねぇか」 水城が橋本に何か言ったらしい。聞く気にもなれない。どうせ俺がぶっ倒れたことを大げさに言ったのだろう。 「いいや、なんでも。熱は大丈夫だよ、ありがとう」 「そうか、ならいいんだが……なんかこのバス、異様に寒くねぇか?」 橋本が腕をおさえて寒そうにしているのがわかる。そういえば、バスには暖房が効いてるはずなのに、皆すごく寒そうにしていた。 「えぇ、別に寒くなんかないじゃん。むしろ暑いよ」 「はぁ?頭大丈夫か、この寒さは異常だって」 確かに橋本の吐く息が白い。外ならまだしも、バスの中でっていうのはおかしい。 「いや、でも……俺は寒くないぜ、別に」 「まだ熱あるんじゃねぇの?」 からかいながら俺の額を触る。 「なっ……?」 額を触った瞬間、橋本が手を離した。熱いやかんを触るときの反射動作のように。 「お前、ほんとに大丈夫か?」 「だから何がだよ」 言われて自分の頭を触ってみるが、とくに熱いといったことはない。 「熱ならないって……」 「違うんだって、お前の身体、めちゃくちゃ冷たいぞ!」 「……は?」 身体が冷たい?めちゃくちゃ? 「なんか、氷を触ってるみたいな……お前どうしちまったんだよ?」 「知らねぇって、橋本の手がおかしいんじゃ……」 待てよ、そういえば昨日、どこかで似たようなセリフを聞いたような…… 「まじでまだ寝てたほうがいいんじゃねぇのか、学校ついたら保健室行ってこいって」 「……?」 隣で橋本があたふたしてるが、もう耳に入ってこなかった。 冷たい……? 確か昨日、母さんが言ってたよな? 『護の頭、物凄く冷たいわよ!病院に行かないと!』 あれは……?あのとき俺の身体は燃えるように熱かったが、母さんは冷たいと言った…… 『なんか、氷を触ってるみたいな……』 って今橋本が言っていた。氷……? 『あれ、このご飯めちゃくちゃ冷たくない?』 『……なんかまるで、凍ってたみたいな』 凍ってるみたいな……? 「……き……蒼木!学校着いたぞ、保健室行こう、な?」 「……」 すでに降りる駅に着いていたのか、バスを降りさせられると教室にも行かず保健室に連れて行かれた。 「いいって、みっともねぇ」 「何言ってんだよ!お前の身体、異常だぞ?まだ治ってないんじゃないのか?」 「心配してくれるのは嬉しいけど、俺は大丈夫だから……」 「とりあえず来いっ」 引っ張られるようにして桜光高校の保健室に運ばれた。 「先生、蒼木のやつがちょっとおかしいんです。診てやってください」 そう言い残して橋本だけ先に保健室を出た。友達想いなのかそうじゃないのか、よくわからん。 「今の子、なんかすごい勢いだったけど……大丈夫?あなたは、ええと……」 「蒼木です、二年の」 「あぁ、わかったわ。ええと、説明してもらえるかしら……ん?」 「どうしました?」 保健の先生がイスに座ったまま、不思議そうな目でこちらを見てくる。 「ええ、と。ドア、閉めてくれるかしら?」 「あ、はい、すいません」 ドアが開けっ放しだったのだ。後ろを向かないで片手でドアを閉めた。 「……変ね?」 「変?何がです?」 ドアを閉めても、まだこちらを見ている。 「ドアは閉めた、窓は閉まってる……」 今度は独り言を言い始めた。 「暖房はついてる、設定温度は22度よね……壊れてる様子もないし」 なんだか先生が挙動不審で、今度は立ってエアコンのほうを見た。手をかざしている。 「確かに温風は出てるのに……やっぱり変だわ」 「あ、あの、変って何がなんです?」 全く、『神隠し』のことで頭がいっぱいだというのに、今日はなんだか橋本といい保健の先生といい、ひどく混乱させてくれる。 「その……寒いの」 「へ?」 「『寒い』のよ、あなたがこの部屋に入ってきた、たった今」 「ええそりゃ、まぁ、二月ですしねぇ。多分きっと今開けたから風が入ってきて……」 「違うのよ!あなた、わからない?」 「……どうしたんです?」 ますます状況がわからなくなった。混乱しているようだ。 「エアコンは正常に作動しているの。別にドアを少し開け閉めしたぐらいで、ここはそんなに寒くはならないわ。それに私、セーターも着てるのに、まるで、外を裸で立っているような……」 「は、はだかぁ?」 何を言い出すんだこの先生は。 「そう、そうなのよ。何も着ていないぐらい寒いのよ!こ、凍えそう……」 「え!?」 急に先生が倒れこんだ。慌てて抱え込んだが、意識はなかった。 「先生、先生!しっかりしてください!」 息はしている。眠っているような感じだが、起きない。 「保健の先生がこんなんでどうすんだよ……」 そういえば俺が倒れたときもこんなだっただろうか。もしかして、俺の身体から何か伝染病みたいなのが……? 「でも医者からはそんなこと一言も言われなかったぞ……『寒い』?」 とにかく先生を備え付けのベッドに寝かせて、エアコンに手をあててみた。確かに暖かい。 「どういうことだ?」 橋本も言っていた。『冷たい』?『寒い』? 「そりゃこんな時期、外を裸で突っ立ってたら凍え死ぬだろうけど……いくらなんでも大げさだろ」 とにかく他の先生を呼ばないと──とドアに手をかける前に、ふと、保健室の棚に薬品がたくさん並ぶのが見えた。 「……『俺が』……『冷たい』?」 棚からその薬品の入ったビン見る。無色透明な液体のようだ。 そのビンを持った。 「!?」 驚くべきことが起こった。液体の入ったビンを持ったつもりだったが、いつの間にか……ビンの中が凍っていた。 ふたを開けてビンの中の液体を出そうとしても、出てこない。完全に凍っていた。 「んなばかな……」 他の薬品を手にとってみる。そしてその液体を見つめた。 なんと、手にした瞬間、みるみるうちに凍っていくのがわかる。ピキピキと音を立てて凍っていく。 「うわぁっ!?」 思わずビンを放してしまった。床に落ち、割れた。 液体が入っていたはずなのに、割れたそのビンからは、無色透明の小さな破片しかなかった。 「なんだよおい……なんなんだよこれ」 他のビンにも触った。中に入っていた液体が、また凍った。 「ウソだろ……俺が触ったもんが、全部……凍る?」 橋本が驚いて叫んだのも、もしかして…… 「なんで凍るんだよ、なぁ、なぁ!?」 誰に問いかけるでもなく聞いた。答えてくれる人などいなかった。 「ど……どうなってんだよおおおおおおおおおおおおおお!」 自分が自分でない気がした。怖くなって、窓から外に出た。保健室は一階にあるので平気だった。 とにかく走った。何かから逃げるように。怖い。自分の身体が、おかしくなってしまったのだろうか。 自分、という名の恐怖からの逃げ道は……この世にあるのだろうか? |