LastEclipse 第一章:失墜のプライド5 【長編小説】| ページ内の末尾へ |


確信〜conviction〜

いつも見慣れているはずなのに、その笑顔は──

* * *

 そのほんの数時間前の朝のホームルームで、いつも一緒に登校してくるはずの橋本と蒼木が、今日は橋本一人だけだった。唐金と元谷が、橋本に心配そうに問いかけた。
「なんで蒼木は一緒じゃねぇの?」
「もしかしてまた何かあった?」
 二人がしきりに聞いても、橋本はどこかほうけた表情をしていた。心ここにあらずといった顔だ。
「蒼木なら……さっき早退した」
 ぽつりぽつりと喋るので何かあったのかと気になるが、それ以上は何も言わなかったので、二人ともそうかと言うしかなかった。
「なんか……橋本のやつ様子が変じゃないか?」
 後ろの席でぶつぶつ言いながら教科書をカバンから出してる橋本を見て、元谷は唐金に相談した。 「蒼木は二日間も学校に休むし、橋本もなんかおかしくなってるし……何があったんだろう」
「そうだな……」
 唐金が思いつめたような口調で淡々と言う。
「他のやつならともかく……蒼木が二日間も学校を休むなんて、そう無いもんなぁ。あいつ、珍しく学校に来たがるやつだから」
「そうそう、そのくせ授業はまともに聞いてないし。案外、麻奈ちゃんと会いたいだけなのかもなぁ」 「じゃぁ、その蒼木が休むなんてことは」
「昨日は急に発熱が始まったらしいけど、病み上がりだし今日は来ないとか、そういうんじゃないのか?」
「そうかなぁ」
 元谷は二年生のときから蒼木と同じクラスで、唐金は一年生のときから同じクラスだった。他の男子よりも結構仲がいいほうで、彼のことは結構わかっていたつもりなのだが。
「読めないやつだな……」
「まーったく」
 元谷はあまり気にしていないようだった。しかし蒼木を親しく思う友人たちの間で、蒼木が学校を二日連続で休むというのは異常だった。流れ星を見るぐらい珍しいというぐらいおおげさなんだから、きっとよほど勉強熱心……いや、出席熱心だったのだ。
「お、チャイムなったぞ唐金、席戻った方がいいぞ」
「あ、あぁ、うん」
 朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。いつものように、学級委員が起立、礼の合図をする。
「えーっと……みんなおはよう」
 このクラスの担任を務める安達あだち祥子しょうこ先生は、年齢は教えてくれないが見た目はだいたい三十代前半ぐらいで、まだ若々しい。そのくせおばさんくさいところがあって、その若さにして人生経験が豊富だという。生徒の相談室でも、安達先生に相談をもちかける生徒が多い。性格が蒼木と似ているところもあって、クラスでは結構評判なのだ。
「今日保健室で蒼木のカバンを見たんだが、誰か心当たりのあるやついないか?」
「蒼木のカバン!?」
 唐金は声を上げて立ち上がった。
「ん、どうした唐金、何か知ってるのか?」
「い、いや何も。ちょっと心配になっただけです……」
 クラス中の視線を浴びたのを察したのか、静かに座った。
「あ、先生、蒼木なら橋本と毎日顔合わせてますよ」
 唐金は橋本のほうを見て言った。
「何ぃ?橋本、蒼木のことなんか知ってるのか?」
 橋本は下を向いて何かぶつぶつ呟いていた。なんだか気味が悪い。
「はーしーもーと!」
「……蒼木なら……さっき早退した」
「早退ぃ?カバンがあるのにか?蒼木がそう言っていたのか?」
「……蒼木が……シー……に……」
「橋本ぉ!!」
 安達先生の叫び声が教室中に響いた。
 その叫びで橋本も精神を取り戻したのか、安達先生の方に顔を向けていた。
「は、はい!何ですか先生」
 またもクラス中の視線を浴びまくっているのがわかる。今度は橋本だが。
 そして安達先生が呆れまくっているのもよくわかる。
「あ、あのなぁ……」
「は、はい」
「寝不足なのかぁ?蒼木はどうしたって言ってるの、聞こえたか?」
「あ、蒼木ならカバン置いて早退しましたよ」
 なんだ、ちゃんと普通の橋本じゃないか……さっきはただの寝不足だったのかな?
「何でカバン置いて早退するんだ?」
「いえ、知りません……忘れ物でも取りに行ったんじゃないですか?」
「ならなんで早退って言うんだよ」
「さ、さぁ……俺にもよくわかりません」
 演技などではなく、本当にきょとんとした顔をしていた。
「なんだーわからないのかよー……なら、一応遅刻ってつけとくか。今日は特に伝えることもないから、以上!」
 そう言うと安達先生は、蒼木のカバンを持って早足で教室を去っていった。
 そしてまた、ザワついた教室に戻った。
「蒼木はどうしたんだろう……」
 深くは考えないことにした。何かあれば家にいけばいいし。
 テストも近いので、その日は勉強に集中することにした。


 他のクラスで現代国語の授業を控えている安達祥子は、蒼木のカバンを自分の職員室内の机に置いて、授業のあるクラスへ行こうとしてた。
「あら、安達先生」
「お、おはよう瀬戸先生」
 いつも白衣を着ている若くて美人なこの先生は、物理の科目を担当している瀬戸絢華先生だ。部活動では体つきに似合わずテコンドー部の顧問をやっている他、短距離走なら桜光高校の生徒教師も含め誰よりも早いという。男子生徒の間ではチーターというあだ名もつけられているが、本人は気にしていないようだ。
「水曜日は忙しいですよねぇ、安達先生の授業を待っているクラスが六つもあるもの」
「そうなのよねぇ、まぁ待ってるかどうかは知らないけど」
 笑って流してみせるが、嫌味でも言われているような気分だ。
「あ、そういえばそれ、変わったカバンですねぇ、先生のですか?」
 蒼木のカバンは肩掛けの、黒い長方形の形をしている。形からして、ノートパソコンを入れたり、大きな書類やらファイルやらを入れるのに適したビジネス用のカバンだ。いかにも蒼木らしい。
「あぁ、これですか?これはうちのクラスの生徒のやつですよ。私はこんなの持ちませんってぇ」
 あはは、と二人で一緒に笑う。ついで笑いながら、瀬戸が安達に尋ねた。
「生徒のでしたかぁ、失礼しました。その生徒、名前は何て言うんです?」
「あぁ、ええと……」
 安達は保健室で見つけた蒼木の学生証を取り出した。カバンの横のファスナーから学生証が落ちていたので、カバンの持ち主を特定できたのだ。
 ちなみに保健室にいた先生は、暖房の設定温度が高かったのか、部屋の中が暖かくなっておりベッドで寝ていた。他の先生にでも発見されたら、職務怠慢だと言われかねないので一応注意しておいた。
「蒼木君のです、ほらこれ。彼のカバンから学生証が落ちてまして」
「あぁ、蒼木君の……彼らしいカバンね」
 くすっと笑みを漏らしたので、おや?と思った。
「蒼木君のこと知ってるんですか?」
「ええそりゃもう、私の授業を熱心に聴いてくださる賢い生徒ですもの」
「へぇー、そうなんですかぁ……」
 改めて蒼木には感心した。クラスでそんなに評判がいいのは、蒼木とごく数人の生徒だったからだ。
「あ、私がそのカバン預かっておきましょうか?午後に安達先生のクラスで授業があるので」
「いやいや結構ですよぉ、やっぱりこういうのは担任が持っておいたほうが……」
 いいですよ、と言おうとして自分の机を見る。ひどいぐらい汚くて、ぶっちゃけカバンの置くスペースもないぐらいだ。机の下に入れておけばいいのだが、黒いカバンにホコリが付くとかなり目立つ。
 それに対して瀬戸の机はこじんまりとしていた。教科書など綺麗に並べられ、小さなウサギのマスコットキャラがちょこんと乗っかっているかわいらしい机だ。蒼木のカバンを置くスペースも十分にあった。
「そうねぇ……教室に置いておくのもあれだし、預かっててもらおうかしら」
「ええ、そうしたほうがいいわ」
 瀬戸が蒼木のカバンを大事そうに抱え込む。
「安達先生は、今日もいっぱいがんばってくださいね」
 恨めないほどの眩しい笑顔でそう言われたので、安達は返す言葉がなかった。
 瀬戸はカバンと学生証を持って自分の机へ向かい、その後カバンを置いて物理の教科書を持ってどこかへ行った。瀬戸も一時間目から授業があるのだろうか?
「ま、いっか。頑張らないとね」
 そして安達も、自分の担当しているクラスへと行くのであった。


 そして現在。結局五時間目を終えても蒼木が来ることはなかった。
 六時間目が始まる。
 蒼木のクラスでは水曜日の六時間目が物理であり、他の教科と違ってやたらと難解な授業のためと、昼食後であるのと、太陽の日差しがぽかぽかして気持ちいいのとで、この時間の瀬戸の授業はほとんどの生徒が寝ていた。教師側としては、ある意味でいじめを受けているようなものである。せっかくの商売が台無しにされた気分になる。
「蒼木君は遅刻……と。欠席にしちゃってもいいんだけど」
 冗談か本気かわからない口調で出席簿にチェックを入れる。その日の最後の授業だけ来る物好きなんて普通はいないだろう。それだけのために学校へ行くのなら、サボったほうが楽だ。
 相変わらず寝ている生徒が多くても、瀬戸はそれに慣れたため特に注意することもなく授業を始める。
 しかし瀬戸の対処法はというと、授業の終わりまで寝ていた生徒は、その時間は欠席扱いにされる。おまけに寝ていた回数の多い生徒は、瀬戸直伝の宿題を出される。
 寝るのがだめだとわかっていても、どうしてもこの時間は眠くなるものだ。生徒にとってこの時間は、拷問以外の何でもなかった。
 それが嫌で最後の十分間だけは頑張って起きようとする生徒もいる。けれどその苦労が水の泡に終わる生徒もいる。
 授業が終わってまだ生徒が寝ていると、瀬戸が起こしに行き、まんべんの笑みで、
「覚えといてね」
 と言うのだ。その時の瀬戸の顔ときたら、表面上は笑っているようだが中身は鬼のように怖かった。
 女性教師にしては珍しい体育会系のクラブに入っているのも、恐怖する理由の一つなのだろう。
 テコンドー……この国から近い別の国から発祥し、多彩な足技を用いて戦う武道の一つである。踏む、跳ぶ、蹴るなどの足技から、突く、叩く、受けるなどの手技もある。だが使われるのは足技のほうが多く、簡単に言えば『足でやるボクシング』といったところだろう。瀬戸はそんなクラブの顧問をしていた。
 瀬戸自身も練習に加わり、相手が男女問わずどんな生徒にも厳しい指導をする。瀬戸に蹴られて喜ぶ男子もいるが、そういう男子ほど弱い。
 女子生徒の数も少なくはなく、瀬戸の凛々しいカリスマ性もあり、部内ではとくに女子からの人気が厚かった。
 また、瀬戸は走りが物凄く速い。男子生徒顔負けの速さで、なんと五十メートルを六秒台で走ってしまうのだから驚いたものだ。女性でその速さは、オリンピックに出場できるほどだ。
 そんな瀬戸が有名所に出ないのは、学校側がマスコミを拒否しているからである。『神隠し』のこともあってマスコミの押し寄せる数は日に増しており、私立学校が色々騒がれると後が面倒なので情報を隠蔽いんぺいしている。そのせいで、明らかに人間とは思えないほどの脚力もおおやけにならないのだ。
 そう……文字通り人間とは思えないほどの足を持つ彼女は、男子生徒から『チーター』というあだ名をつけられている。瀬戸自身はそれに毛嫌いする様子も無く、そんな男子生徒に向かって、勝てるものなら勝ってみろとまで言うぐらいだった。学校内で一番速い男子と体育祭で競争したことがあったが、コンマ2の差で瀬戸が勝った。
 外見はスラっとしたボディで、腰を描く線が美しい。太ももは別段太いということはなく、むしろこんな足のどこに六秒台で走れる筋力があるのだろうと疑う生徒もいた。
 そして実は、もっと速く走れるのだということを、学校内で知る人はいなかった……
「結局、蒼木君は来なかったわねぇ、珍しい」
 その日は一日中来なかったため、欠席、という印を付けられる。
「さて、と……寝てる人は、ひぃふぅみぃ……」
 指で数を数えていき、その後生徒の肩をたたいて優しく微笑む。その顔を見た生徒は、しまったというあせりの表情と、恐怖の表情が混ざった、ひどく落胆した顔になっていた。これぞまさに、天使のような悪魔の笑顔である。
「じゃぁー今日はここまで、起立!」
 六時間目終了のチャイムとともに、落胆する生徒と、それを励まそうとする生徒の声が聞こえる。
 教室を出ようとするとき、運動場に一人の人影が見えた。
 カバンは持っておらず、この学校の制服を着ている。堂々と運動場の真ん中を歩いて、こちらに向かってきた。
 敵意を抱いた、鋭い目つきをしたその人影は、校門のところで見えない位置にいってしまった。きっとこちらへ来るのだろう。
「……なんだ、結局来たじゃないの、蒼木君」
 瀬戸はその人影の名前を呟いて、小さく笑った。

* * *

 一人で先に家に帰った水城麻奈は、しかし蒼木のことが気になるためやっぱり学校へ向かうことにした。
 それにしても、何も断らなくたっていいと思う。
「でも……一度だってそんなこと言われたことないのになぁ」
 彼女の場合、嫌われたかなぁと思うよりも先に、蒼木の身に何かあったのかなぁと思う。長年蒼木と付き合っていたせいで、中学のときはあんなに臆病だった水城麻奈は、高校に入ってから非常に明るくなり、また前向きになっていった。
 今の水城がいるのは、蒼木のおかげだ。彼女自身は気づいてないけれど。
「学校はサボっちゃうし、かと思えば学校に言っちゃうし……何なよぉ、もう」
 時計を見ると、すでに午後四時を過ぎていた。六時間目の授業が終わるのが午後三時半で、掃除も含めて教室にいる生徒が帰るのは四十分ぐらいだ。今の時間なら校舎内にはほとんど生徒はいないだろう。部室か運動場で部活動をやっている生徒がいるぐらいだ。
 さっき一度だけ蒼木の携帯に電話をかけたが、出ない。バスに乗っていたのなら、向こうからメールが返ってくるはずだ。それでも返ってこないときは学校にいるときだと言っていた。よほど忙しくても水城にはメールすると言ってくれたし、さもなければ事故に合っている以外はない。
 そう頻繁に事故に合うのもどうかしてると思ったので、これはまだ学校にいるなと推理した。
 蒼木が良く、わからないことがあれば今ある材料を全部思い出してみろと言う。数学の問題なら、公式とか条件とか、そういうのを自分なりにわかりやすく書いてみろと言うのだ。なんとか頭をふりしぼって覚えている限りの公式を書いてみると、その問題が簡単に解けたことがあった。
 ──問題には必ず材料と条件があって、逆に言えばそれを導き出せば解けない問題はない。
 蒼木はこうも言っていた。
 今の場合だと、材料というのは蒼木にメールしてみることで、条件というのはその返事が返ってくるかどうかだ。返ってくるなら蒼木は今メールできる状態、つまり学校内か事故に合う以外。返ってこないなら、学校にいるか事故に合っているか、ということである。
 そしてもしその条件を満たすと、答えが解ける。場所を聞くと今どこにいるかがわかり、返事が返ってこないと必然的に学校にいることになる。前向きな彼女には、蒼木が事故に合わないと信じているし、それに蒼木が事故に合ったと聞くのは、あの中学のときだけだ。昨日は朝の時点で病院に行ったことがわかってるから、メールする必要もなかったということ。
 蒼木に教えてもらった蒼木流回答術を思い出し、一つ一つ物事を確認していく。そして出た答えは……
「やっぱり蒼木は、学校にいるのね」
 私服で学校に行くのはまずいので、制服に着替えなおすことにした。私立で制服があるのもどうかと思ったが、なかなかに可愛い制服なので嫌々着ているわけではない。
 何かあったときの携帯と財布を持って、水城は学校へ向かった。


 彼女が彼女だし、もともと自分から危ないところへ首を突っ込む気なんてさらさらない。
 でも今回の……この『神隠し』に関しては、どうしても譲れない思いがあった。
 知人が、殺されたのだ。
「……くそっ」
 学校へ行く途中、蒼木はその人のことを思い出した。同時に、何もできなかった自分に嫌気がさした。
 何がヒーローだ、何が探偵だ。
 変に新聞ばっかり読んで、人並よりちょっと勉強量を増やしたぐらいで学力だけ身につけて、それなのに、大事な友人は守れなかった。守ってあげれなかった。
 小学校からいつも仲が良かったその男子生徒、市原いちはら和人かずとは、何をやるにしてもいつも一緒だった。というか最初は、無理やり一緒にやらされていただけなのだが。
 クラス替えのときあ行の苗字の人が急に減り、出席番号の一番が蒼木、二番が市原ということになったときがある。そのおかげで、今までよりもっと仲良くなれた。
 小学校のときの林間学校では、部屋分けの班が一緒だった。キャンプファイアーでは班同士で演劇なんかもやったりして、役の取り合いをするなど喧嘩したこともあったが、喧嘩をするたびに仲良くなっていったような気がする。
 卒業を間近に控えた秋、市原が転校すると聞いた。何もこんな時期に転校しなくてもと必死に訴えた。
 それもそのはず。卒業まで100日を切って転校なんてあんまりだった。せっかく皆で思い出を作れるというのに、小学生でその別れは残酷なものだった。
 逆に小学生だったからか、市原は転校するということになってもとくに気にはしてなかった。
 そして、蒼木にしか話さないからなと言って教えてくれたことがある。
『お父さんが、死んだんだ』
 ドライバーの不注意だったらしい。交差点を曲がるとき、トラックに乗っていた若いドライバーがふと余所見よそみをしてしまった。そのときたまたま信号を渡っていた市原の父が、トラックの下敷きになった。
 幸い、というのも変な言い方だったが、たまたま歩いていたのが市原の父だけだったので他に犠牲者は出なかったが、余所見していたせいでスピードも出ていたのだろう、五トンもの重量で生身の人間にぶつかったのだ。
 即死だったそうだ。
『お母さんの実家に行くことになったんだ。このままじゃ、中学に入学できないんだってさ』
 当時その理由がわからなかった蒼木は、必死に説得した。せめて春まで待てないとかと泣いてすがった。
 今になって思うと、収入源と心の支えがが途絶えた市原家にとって、心のよりどころが欲しかったのだろう。実家に帰って休みたいと母がぐちったのを聞いていたらしい。
 それでも説得した。心のどこかで無駄だとわかってても、六年間一緒に遊んできた大事な友人を失いたくはなかった。
 高学年ぐらいから少し浮き気味だった蒼木に、あの頃友人と言えるような子は市原しかいなかった。中学では逆に人気があってちやほやされたが、小学生のとき蒼木はいじめられていたのだ。軽い程度のものだったが。
 結局別れの日になっても市原家には顔を出さず、学校では端のほうで眺めているだけで終わった。もう会えないんだと思うとどうでもよくなった。
 市原はまた会えると言っていたけど、蒼木は市原の母の実家の連絡先を聞くのを忘れていた。ムキになっていたこともあって聞くタイミングを逃してしまって、それっきりだった。
 そして──つい数ヶ月前まで忘れていた彼の名前を新聞で見て、蒼木は後悔して一人で泣いた。
 『神隠し』の三人目の被害者は、市原和人だった。
 三人目の被害者が出た時点ではまだ『神隠し』という名前すら無く、ただの非道な連続殺人事件として取り上げられていた。『神隠し』という名前がその事件についたのもつい最近で、一ヶ月ほど前だった気がする。
 市原の所在を調べた結果、ここからたいして遠くない中学校に通っていた。なんと同じ県内に市原はいたのだ。
 もし連絡先がわかっていれば、市原を助けられたのかもしれない。もしあの時、もっと説得していれば……もし、市原の父が事故に合わなかったら……
 もし、もしが頭の中で繰り返される。けれどすでに起こってしまった現実に、仮定など無いのだ。取り返しのつかないことをしたという事実だけが残っている。
 通夜が行われた地区に行って、墓標に小さく手を合わせに行った。小さく、ごめんと言って、決意した。
 この連続殺人のことを本格的に調べてみよう、そして何とか、市原のかたきをとることができれば、とる手助けにでもなれば、それが市原に対する償いだった。
 必ず……絶対に見つけ出す。たとえそれが警察の手で解決されようとしても、その警察に手助けする形で何らかの仇をとってやりたい。
「その仇が……もうすぐ捕まえれそうな気がする」
 桜光高校の前で決心した蒼木護は、瀬戸先生のいる教室に眼を向けた。
 その瀬戸先生もこちらを見ていた。眼が合う。
 意を決して、蒼木は校内へ踏み込んだ。
 時間は三時半を過ぎたところだ。ちょうどその日の最後の授業が終わる。
 まだ校内にこれだけの人がいれば、犯人もうかつに手は出せないと思った。
 まさか犯人が人目につくようなところで蒼木を殺して、逃げようとして他の人を傷つけても、絶対捕らえられると確信した。
 もちろんこれ以上被害者を増やすつもりはない。できることなら自首してほしい。職員室でも会って話をすれば、言い逃れはできない。
 職員室は一階……コンコンとノックをして、ドアを静かに開けた。
「失礼します。瀬戸先生はいま……」
「お、蒼木!なんだ来たのか!」
 言い終える前に担任の安達先生に見つかってしまった。やばい、今日サボったこと色々言われるかも……
「今日はもう来ないと思ったんだぞ、カバンも保健室に置きっぱなしだったし、なんかよくわからないビンだか割れてたし、朝何かあったのか?」
「あ、いえ……」
 どう答えればいいのやら、本当のことを言ってもウソを言っても、安達先生には信じてもらえないような気がする。眼が、すでに話し合おうって感じじゃないオーラを出していた。
「説明してもらおうか、ええ?蒼木君」
「あ、あのっ……」
 いきなり腕をつかまれて、反射的に手をはらう。また変な異変が起きてはまずいと思ったからだが、やはり今回も何も起きなかった。
 それが逆に誤解を招いた。
「教師に反抗するってかぁ?」
「ち、違いますっ……ちょっと、い、急ぎの用事があって!」
 こうしている間にも殺人鬼が校内をうろついてるかもしれないのに……安達先生の目線をわざとそらせて、職員室の中を確認してみる。
 瀬戸先生の姿はない。
「頭がいいからって、無断欠席は社会じゃ通用しないぞぉ?」
「ほ、本当なんです!ええと、明日!明日話しますから!」
 声がでかい上に裏返ってしまっている。他の教師からの注目の的だ。
「本当かぁ?」
「ほ、本当です……」
 ごめんなさい、という意味の礼をした。
「まぁ……お前は多少、他の先生からも一目置かれてるしな。言い訳は明日聞いてやるとするよ」
 にかっと笑って足をこつんと蹴られた。わかってくれたのだろうか察してくれたのか、そういう優しさのようなものが安達先生にはあった。
「ありがとうございます!」
 もう一度礼をする。
「あ、あの……瀬戸先生を見ませんでした?」
「んー……?」
 安達先生が職員室の中を見渡す。
「いないみたいだなぁ、そういや瀬戸先生が、蒼木のカバン持ってたぞ。保健室に置きっぱなしだったろお前」
「え……?」
 何だって?瀬戸先生にカバンを見られた!?
「カバンないなぁ……瀬戸先生がどっか持って行ったのかなぁ、私ゃ動かしてないから知らんよ、うん」
「そんな……」
 まさか、こちらの行動がバレたのだろうか。いや、もしあの金髪男と瀬戸先生がつながっているのなら、それもあり得る。
 そうだとしたらヤバい。こちらの素性を知られた上、もし瀬戸先生が金髪男と同じような『能力』とかいうのがあったら……一対一じゃ、犬死にするようなものだ。
「まだ学校内にいると思うけどなぁ、そんなにしょぼくれた顔するなよ。あんまり戻ってくるのが遅かったら、校内放送流してやるよ」
 ぽんと肩をたたかれる。元気出せよ、というニュアンスがそこにはあった。
 けれど蒼木は、その安達先生の小さな優しさに対応することができなかった。
 何もかも失敗だ……そう思うと、急に怖くなった。
 自分で解決するとか調子のいいこと言って、事実こんなに核心に近づけた。友人の仇をとるつもりでここまでやってこれた。
 自分も狙われるかもしれないからというのもあったし、犯人捕まえればヒーローになれるんじゃないかとか軽い気持ちもあった。
 でも……核心に近づきすぎたようだ。
 これ以上近づけば、きっとただじゃ済まない。それに相手は、人間じゃないのかもしれない。それこそSF映画にありがちなエイリアンとか、そういうのがもし実際に目の前に出てきて、自分に何が出来るだろう。
 何も出来やしない。ただ彼ら『神隠し』の被害者たちのように、無念に殺され、悔いても悔やみきれない死に方をするのだ。
 大丈夫、そんなことはない……そう思っても、これまで犯人がしてきたことは、人間に出来る芸当ではない。自分に起こったこともまた、人間に成せる技ではない。もはや一線を越えてしまった。もう平凡な生活には戻れない気がする。
 自分が死んだら、彼女は悲しむに違いない。きっとバカとか言われるだろう。それはいい。でも彼女を守ってやれる人がもういない。自分の代わりになれそうな人はいない。
 俺が、蒼木護が彼女を守ってあげれないで、誰が彼女を守れるのだろう?
 こうなりゃもう、やけくそだ……!学校内にいるというのなら、まだチャンスはある!
「あのカバンに大事なもんでも入ってんのか、まぁちゃんと見つけるんだよ」
 蒼木が何も言わないので、安達先生が沈黙を破った。そしてその言葉が、自分の中の何かの引き金を、引いた。
「……ありがとうございます」
 一瞬恐怖にのまれそうになったけれど、やっぱり前に進まなくちゃいけない。くじけてはだめだ、どんな結果になろうとも、自分に出来ることはやり遂げてみせる!
「じゃ、また明日ねぇ」
 安達先生は軽く手を振ると、自分の机に戻った。
 蒼木も、職員室を出る。
「学校内っつったって……広いんだよなぁ、うちは」
 本校舎だけでも幅百五十メートルを超えるほどの巨大な敷地があり、他にも実験や実習用に、別に校舎がそれぞれ三とうもある。
 まずはこの本校舎から当たってみるか……そう思って振り向いたとき、上へ上がる階段に、白衣を着た女性を発見した。
 あの青い髪……そして白衣。そんな女性は桜光高校でもただ一人、瀬戸絢華だけだった。
「見つけた!」
 瀬戸先生はこちらをちらっと見ると、そのまま階段を上がっていった。
 手には蒼木のカバンを持っていた。
「待ちやがれっ」
 蒼木も走って追いかけるが、二階に上がったところで見失った。かなり足が速いのを忘れていた。
「本当にチーターみたいな人だな……」
 他の男子生徒が瀬戸先生のことをそう呼んでるのは知っていたけど、蒼木だって全力で階段を駆け上がったつもりだった。たった一階で見失うなんて、どんなに足が速くてもそれはない。
「でも……行くとしたら上だよな」
 あれは明らかに、こっちへ来いと先導している雰囲気だった。二階にはまだ生徒がいる。話し合うにしても犯行に及ぶにしても、二階に行く理由は考えられない。
「屋上かな……いざとなったら助け呼べるかな」
 えらく落ち着きがあったので自分でも驚いた。こんなときにのん気なことを考えている自分に苦笑した。
 急いで階段を上がる。五階まで行くのは少々しんどかったが、そんなことにいちいち気をつかってられない。
 五階の階段も上がり、六階──すなわち屋上に出る扉の前までたどり着いた。
 ほんの少し隙間があいている。ここにいるとでも合図しているかのように。
 この扉を開ければ……良い結果だろうと悪い結果だろうと、真実が待っている。
 もしかすると犯人かもしれない人と……対面しようとしている。
 蒼木は深く息を吸い込んだ。
 半年間……追い続けた。
 まさか学校の中にいるなんて夢にも思わなかった。
 あの金髪男との出会いといい、立て続けにおかしいことが自分の周りで起こっている。
 けれど、今はそんなことを気にしてる余裕もない。
 この先に──答えが──
 息を呑んで、蒼木は扉を開けた。
 冬でも咲き誇るガーデニング。その光景が、三途の川を連想させるようだった。
 その川の先には、瀬戸先生がベンチに座っていた。手を振ってにっこり笑う。
「こんにちは、蒼木君」
 足元に蒼木のカバンがある。やはり瀬戸先生が持っていた。
 いつも見慣れているはずなのに、その笑顔は今までとは異質なものに見えた。
 その天使のような顔をした女性は、優しく声をかけた。
「あなたに、話したいことがあるの」



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0:人物紹介 1:前奏 2:変異 3:過去 4:遭遇
5:確信 6:正体 7:対峙 8:発覚 9:慟哭
10:序幕 あとがき