LastEclipse 第二章:炎のコロシアム2 【長編小説】| ページ内の末尾へ |


黒と赤

人間は嘘をつく時には、必ず、まじめな顔をしているものである。
──太宰治『斜陽』──


* * *


 二月とはいえ風はまだ冷たく、学校の制服では寒さを防ぎきれない。立っている場所が屋上ということもあって、風の強さはいっそう増してくる。
 空には青一色が澄み渡る。太陽はちょうど真上に位置している。暖かくない太陽の日差しなんて、迷惑以外の何でもない。ただ眩しいだけなのだから。
 桜光高校の屋上に咲く花は、冬でもきちんとガーデニングが施されている。温室に入れているわけでもないのに、寒さに負けず色とりどりの風景を見せてくれる。いやなことがあっても、ここに来ればすべて忘れそうな気さえする。
 しかし、それでも緋村恭也の気分は悪かった。
「ご、ごめんね……こんな時間に、呼び出したりなんかして」
 緋村を屋上に呼び出した少女、八月朔日ほずみ希佳きよは申し訳なさそうに顔を下げた。
 現在、午後十二時を回ったところ。本来なら四時間目の授業が行われているはずであった。
「いいよ、どうせサボるつもりだったし」
「そ、そう……」
 緋村の気分が悪いのは、ここに呼ばれた理由が最初からわかっていたからだ。
 またこのパターンか。緋村は過去、数十回も経験してきたこの切りだしに、いい加減疲れてきているところだった。
「実はね……え、えと。私、緋村くんのことが好きで……」
 ほら、始まったよ。何人目だ、俺に告白してきた女は。
 なるべく八月朔日ほずみとは目を合わさないように、緋村は押し黙っていた。
「その、付き合ってほしいんだけど……だめ、かな?緋村くんは私のことどう思って……」
「あー、悪ぃ」
 八月朔日ほずみの話を最後まで聞く前に、さっさと終わらせてしまおうと思った。
「すまん、今そういうの、興味ないんだ」
 あまりにもあっけらかんとした口調で返事された少女は、顔が固まっていた。
「あ、いや、別に八月朔日ほずみのことが嫌いとかじゃなくて……」
 しまった、と思い弁解するも、遅かった。
 八月朔日ほずみは目に大量の涙を浮かべていた。
「興味……ないって、そんな……」
「あー!違う、違うって!今はちょっと恋愛とかしてる場合じゃなくて……」
「どうせ私なんて、何の魅力もないもん!」
 泣く寸前にまでくしゃくしゃになった顔を腕で隠し、八月朔日ほずみは屋上を降りて行った。
「お、おい、待てって!」
 またやっちまった。舌打ちしながら後を追った。
 階段を降りる。八月朔日ほずみの姿はない。
 五階は実験室や美術室など、小目的なことで使われる部屋が多い。この階に八月朔日ほずみがいることはないだろう。
 そう思って四階への階段を降りようとしたとき、まがり際に誰かとぶつかった。
「いてっ」
 お互い勢いが良かったのか、ドンという音が階段に響いた。
「お、おい!気をつけて歩け……あれ?」
 ぶつかった相手の声を聞いて、いやな予感が走った。
「恭兄ぃ、どうした?」
 その相手は、蒼木護だった。
 蒼木は緋村より一つ年下だ。緋村家の近所に住んでいて、子供のころから何かとよく遊んでいる。学校はいつも同じで、蒼木は緋村のことをいつも良き先輩として見ているようだ。
 高校に通い始めてからは会う機会も減ったのだが、たまに学校内ですれ違うこともある。しかし、こんな日にこんな形では会いたくなかった。
「わ、わりぃ。今ここに女の子おりてこなかったか?どっちへ行った?」
「え、あぁ。今の子なら下におりて……」
「わかった」
 呼びかけようとした蒼木との会話を早々に切り上げて、また階段を降りる。
 四階は三年生の教室が並ぶ階だ。もしかしたらそこにいるかもしれない……けれど、時計を見るともう昼休みは始まっている。外に出た可能性も否めない。
 教室にいるのならすぐに見つかる。緋村は一階まで下りて八月朔日ほずみを探すことにした。
 そもそもなんでこんなことになってしまったんだろうか。
 緋村恭也は、校内でトップクラスの成績を誇る。小学校や中学校でも、成績はいつも五番以内だった。その成績を見込まれて、家庭教師のアルバイトをやっている。蒼木の頭が良いのは、緋村に勉強を教えてもらっていたからだ。
 蒼木と違うのは、スポーツもできること。得意なスポーツはバスケットボールで、体育の授業では英雄的存在だった。
 成績優秀でスポーツ万能とくれば、モテない要素はないだろう。さらに緋村は、両親が美形のせいか顔立ちが良い。俳優とまではいかないが、業界入りもできるのではないかと言われているほどのイケメンだ。そのせいで、女子からの支持が多い。最初は緋村に嫉妬していた男子からも、だんだんと親しまれる存在になっていた。あまりに敵わない存在だとわかったのか、それとも緋村と親しむことによって他の女子と話すきっかけを作ろうとしたのかは定かではない。
 緋村本人も、それで悪い気はしない。ただ、告白だけはいつも断っている。今まで何人の女子が緋村に告白しただろうか。そのすべてをことごとく追い払ってしまうのだ。なんで付き合わないのか、というクラスメイトの問いかけに緋村は、
 ──興味ないから。
 と答えるのだった。
 今回のことも、いつもと同じパターンだった。
 朝、自分のロッカーを見ると、手紙が一枚入っている。白とピンクの便せんに、かわいらしいクマの絵がプリントされている。女の子らしい丸っこい字で、待ち合わせ場所と時間が指定されていた。
 昼休みに屋上という内容だったが、緋村は四時間目の授業をサボっていたので早めに屋上に行くことにした。そこでしばらく待っていると、手紙を渡した本人──八月朔日ほずみ希佳がやってきたのだ。
 八月朔日ほずみは緋村と同じで三年生だ。月末に行われる試験をクリアすれば、三月上旬には卒業を約束されている。卒業する前の思い出作りでもしたかったのだろうか。
 二年生のとき、同じクラスになってから名前を覚えるようになった。珍しい名前だったので忘れることはなかったが、会話した回数は数えるほどだ。一目ぼれされたのかもしれない。
 この一目ぼれというのが緋村にとって一番いやなことだった。自分の性格も素性もわからないくせに、顔立ちとウワサ話だけで勝手に好かれてしまう。こちらにはその気がないのでさっさと振ろうとすると、最低だと言われる。そんなことを言われる筋合いはまったくないのに、いつの間にか悪者扱いされるときがある。その理不尽さが緋村のストレスを増幅させるのだ。
 緋村は、人を見かけで判断するということが嫌いだった。顔が良い、頭が良い、運動ができるといった理由だけで近寄られては困る。緋村としての人格はどうでもいいのか、顔がかっこいいなら誰でもいいのかと疑うときもあった。
 だから、そういう女とは付き合わないようにしていた。おそらく八月朔日ほずみもそういうことで近付いてきたんだろう。
 そもそも、そんなに会話したこともないのに、いきなり「好きです、付き合ってください」と言う人の気が知れなかった。緋村にとって大事なのは顔ではなく性格だ。性格を知るには関係性を持つことが必須であり、ようするに親しい仲でもない人に愛の告白をされても、「そうなんですか」としか言い返せない。
 今回もどう答えれば良いかわからなかったので、とりあえず興味がないと答えただけだった。結果、いつものごとく相手を傷つける結果となってしまった。傷つけてしまうような言い方をしてしまったのは謝るが、そのせいで悪いウワサでも広まったら緋村自身の人望が薄れる。早いとこ八月朔日ほずみを探して誤解を解かなければいけない。


 一階を一通り探し、昼休みに暇をつぶせそうな場所にも向かった。しかし八月朔日ほずみの姿はいなかった。
 昼以降も授業はあるだろうから、失恋のショックでサボったりしない限りはまだ学校にいるはずだ。
 腹の虫も鳴っている。とりあえず捜索は諦め、ひとまず食事を取ることにした。
 もう一時を過ぎており、学内食堂にはほとんど誰もいなかった。
 食券を買い、うどんと交換した。窓際、日のあたる場所に身を置いた。室内の日光は暖かい。ただ二月ということもあってか、隙間風が少し寒かった。
 うどんをすすりながら、五時間目もサボるかな、とのんびり考えていた。
 そんなとき、緋村の隣に一人の少女が座った。
「あら……恭也じゃない?」
「よう」
 少女の名前は蔦谷つたや花織かおり、緋村と同じ三年生だ。
 蔦谷の髪には特徴があり、誰が見てもひとめで蔦谷だと判断できるほどだった。漆黒のつやつやとした黒髪は、腰にまで届くほどの長さだ。生まれてから数回ほどしか切ったことがないらしく、イスに座ると地面に髪が届きそうだった。髪の毛が炎のように赤く、蔦谷と対照的に短い緋村とはすごく釣り合っていない。
「こんな時間に……ご飯なんて……また……誰かに……誘われたの?」
 蔦谷のしゃべり方にも特徴があった。蔦谷の声はとても小さく、途切れ途切れにしゃべる。病気か何かかと最初は思ったが、これが蔦谷の普通なんだそうだ。注意深く聞いていないと、聞き逃すときがある。
「ああ、そうなんだよ。俺には、お前というパートナーがいるのにな」
 うどんをすする音が蔦谷の声とかぶらないように注意する。
「私は……浮気されても……かまわない」
 こんなしゃべり方だが、根暗だとか、オタクだとかいったものではない。一緒にスポーツをしているときは、結構活発に動くものだ。けれど、髪が長く、さらにこのしゃべり方のせいで、第一印象が根暗だったと思われることは少なくない。
「俺が浮気なんてするかよ、ばっかばかしい。俺には、お前しか見えてねーよ」
 そして蔦谷は、緋村の彼女だった。
 緋村が他の女子と付き合わないのには、緋村に彼女がいるからだ。興味がない、と言って突き放すのも当然だろう。
 しかし、緋村が蔦谷と付き合っているという事実を知る人はほとんどいない。幼なじみの蒼木でさえ、おそらく知ることはないだろう。
 緋村がその事実を隠しているからである。
 なぜ隠すのか……その事実もまた、知る人はほとんどいないだろう。これは後に、大きな事件の始まりとともに明かされることとなる。
「……私は……あなたに……ついていくだけ……」
 声に覇気はないものの、その目はまっすぐ緋村を見ていた。
「ありがとうな」
 最後の一本を食べ終わると、ダシを残さず飲んでごちそうさまと手を合わせる。
「お前は何か食べたのか?」
「昼休みが始まってから……どれぐらい経つと思ってるの」
「あぁ、そうだったな。すまんすまん」
 食べ終わった器を持って立ち上がると、蔦谷も後をついてきた。
 慣れた動作で箸やコップを分別し、食堂をあとにする。
 再び八月朔日ほずみを捜索しようか、そのまま授業をサボろうか考えていた。
 五時間目はあと5分も経たないうちに始まる。
「そういえば……」
 歩きながら蔦谷が口を開ける。
「……今日は……作戦開始日よ……」
 あ、と緋村は我に返った。
「あぁー……そういやそうだったな。忘れてたわ」
「しっかりしてよ……」
「……」
 そう、今の緋村には八月朔日ほずみの捜索などしてる暇はないのだ。
 緋村には他に、やらなければいけないことがあった。
「……あー、仕方ねぇ、やってやるか。やっぱ五時間目はサボりだな」
 その声には、なかば諦めのようなものがこめられていた。
「私も……付き合おうか?」
「いや、今回はいいよ。どうせ動くのは放課後だし、授業にでときな」
「……わかった」
 教室へ向かう階段で、二人は手を振った。蔦谷は少しだけ、悲しい顔をしていた。
「じゃぁ……また……」
「おう」
 階段を上った蔦谷を見送ると、緋村はある場所へと向かった。
 八月朔日ほずみがどこへ行ったかは確かに気になるが、作戦を遂行させることが最優先だ。
 そんな中緋村は、
「あ、あとで花織にノート見せてもらわなきゃ」
 などとのんきなことをつぶやくのだった、

* * *


 放課後──
 体育館の横を、二人の男が歩いていた。
 一人はどこからどう見てもチンピラのような空気をかもしだしていた。ワックスでオールバックに固めた髪は金髪で、耳には大きなピアスが着いている。ズボンは腰まで下がっていて、制服はボロボロだった。指には大きな指輪がいくつもはまっている。
「なんで呼び出しておいた場所がこんなところなんだ?」
 苛立ちのこもった声で、東海とうかい颯人はやとは聞いた。
「はぁ……外で会うと怪しまれるので、なるべく学内がいいということらしいですぅ」
 隣にいる男は、みるからに気の弱そうな影の薄い印象だった。東海の顔を見てはご機嫌をうかがっている。目立った特徴はなく、いつもおどおどしている。
 どちらが上でどちらが下かがハッキリしていた。
「こんなところでこそこそしてるほうが怪しいだろ、ファミレスとかにしやがれよな」
 ペッと大袈裟にツバを吐く。
「ま、まぁまぁ。外に漏れるといけませんし……あいつらが捜しているかもしれません」
 これに対し東海は、鋭く男をにらんだ。
「俺たちがあんなやつらにずっとこそこそおびえてなきゃいけないのか、まっぴらごめんだぜ」
「で、でもですねぇ、ほら。瀬戸先生も入院していますし」
「……あぁ、そうだな」
 そうやりとりをしているうちに、二人はある場所へたどりついた。
 体育館の裏にある、小屋のような建物。
 『倉庫』と書かれているが、今はもう誰も使っていない。体育に使う備品などを収納しておく場所だったのだが、館内に新しい倉庫ができてからは、使われなくなった古い備品しか置いていない。
 壁はところどころさびており、落書きがたくさんあった。触るとざらざらとした感触があり、釘が出っ張っているところもあった。
 東海が倉庫の扉を開けると、ほこり臭さが漂った。
「ぶわっ……なんだこりゃ、ほこりまみれじゃねぇか」
 東海が愚痴をもらし、隣の男がぺこぺこと頭を下げる。二人の関係はこのやりとりで成り立っていた。
 奥に進むと、倉庫の中には三人の男がいた。
 ひとりは一番奥の高い跳び箱の上に座っており、本を読んでいた。明らかにリーダー格といった雰囲気だ。
 もう二人は立ちながら、なにやら話をしている。
 東海の存在に気づくと、三人はこちらを振り向いた。
「よう、遅かったじゃねぇか」
 奥のひとりが手を振る。そいつは笑っているが、東海の顔は不機嫌だった。
「窓ぐらい開けろよ、こんなとこに呼びやがってよ」
「声が漏れるとまずいだろ、誰か聞いてたらどうする」
「……ちっ」
 東海は適当に置いてあった、さびた平均台の上に座った。
「紺野も座れよ、じゃまだ」
「あ、ど、どうもですぅ」
 隣にいた紺野という男は、東海と少し距離をとって座った。
「ふぅ……これで全員か」
 奥の二人の男も座った。跳び箱に座っていた男は、本を閉じて正面を向いた。
 その本には『人間失格』と書かれていた。
「今日はいよいよあの日だ。予定通り、夜の11時30分から作戦を開始する」
 跳び箱の男は淡々と説明をし始めた。東海もこの話になると黙って聞くようになった。
「最終目的は『適合者』の発見だ。人はなるべく多く集めたほうがいい。ただし見た目が40歳超えてるようなやつは無視しろ。あと身体がひょろひょろなやつもだ。体格が良かったり、頭が良さそうなやつを中心に頼む。なるべく男がいいが、女でもかまわない。そのかわりうるさそうなやつは捕まえてくるなよ。あの方は、そういうの嫌いだから」
 あの方、という言葉に東海が反応した。
「あの方って……あの、金髪グラサンの?」
「そうだよ」
「敬語じゃなくて名前で言えよ」
 東海は、『あの方』という男が嫌いなのだ。というか、自分より上に立っている人間のことを、あまり好きにはなれない。
「まぁその話は今はいいだろ……で、続けるぞ。今は二年の橋本ってやつが事件を起こしてくれてるおかげで、作戦をやりやすいようにしてくれている。だからそんなにこそこそしてやる必要はないが、実行するのはなるべく11時以降にしてくれ。ま、お前らの能力なら簡単か……期限は今から一週間だ。ここまでで何か質問は?」
「……は、はい」
 手を挙げたのは紺野だ。
「ん、どうした」
「えと……」
 跳び箱の男とは目を合わせず、言いにくそうに答えた。
「て、テストは……どうするんで……」
「バカヤロウ!!」
 ここで東海が口を挟む。
「テストなんかどうでもいいだろうが、こっちのほうが大事だろ!」
「ひ、ひぃ……」
「まぁまぁ」
 跳び箱の男が二人を制止する。
「テストなんて問題じゃないだろう、能力なんか使わなくても、俺らは人並み外れた身体を持ってるんだぜ。隣の野郎の答案でも見とけ」
「そ、そうですねぇ、はい」
 紺野はそれ以上は何も言わなかった。
「だいたい俺テストとかでねぇし」
「お前と一緒にしてやるなよ」
「ああん?」
 跳び箱の男は冗談で言ったつもりだが、東海はそれが気に入らなかったらしい。
「はっ! 勉強できるヤツはいいよなぁ、緋村!」
 東海は立ち上がって跳び箱の男につっかかった。
「そっちこそお前と一緒にすんなよ……ああん!? 俺の能力で今すぐ消してやってもいいんだぜ? 高いところに座りやがってよ」
 その目には殺意がこもっていた。
 東海とて、こんなことを好きでやっているわけではないのだ。
「……逆らうと、殺すぞ」
 跳び箱の男は冷ややかな視線で東海を見下した。
「くそったれ!」
 跳び箱を思いきり蹴ったが、男はひるまなかった。
「話の途中だ、座れ」
 お互いしばらくにらみ合ったが、東海は仕方なく平均台に戻った。
「ふむ……他に質問はないか? なければ続けるぞ」
 もう誰も手を挙げようとはせず、みなうつむいていた。
 東海と同じく、この場にいる全員が、この作戦に自分から志願したわけではない。
「では次に場所の話だが、『神隠し』に紛れて作戦を行う以上、この学校の生徒だけは絶対に捕まえるな。瀬戸が動けない以上、もうすぐ別の能力者がこの学校にも来るはずだ。学校内で争うとやつらに目立つ。なるべく橋本のテリトリーでやるようにしろ。あとは……」
 跳び箱の男が、みんなを一望して少し間を置いた。
「……逃げたらどうなってるか、わかってるな」
 男がそう言うと、みんなの肩が一瞬びくついた。
「あの方に目をつけられた以上、お前たちに安息の地はない。お前たちの力は、お前たち自身のためにあるのではなく、あの方のためにあるのだということを忘れるな。もし誰か一人でも『敵』に見つかったら、自殺しろ」
 まるでモルモットでも扱うかのような軽い口調だった。そこには同情なんて向けられていない。
「あぁあと、夜11時以降になるまで、一般人に能力は使うな。まだ俺たちのことは日本の警察には知られちゃいない。だからといって能力を使いまくってたら、いずれ『敵』に見つかる。くれぐれも注意しろ」
 跳び箱の男は置いていた本を持つと、跳び箱から降りてみんなを見まわした。
「必要なことはこれぐらいだ。何か質問は?」
「……」
 だれも男と顔を合わせようとはしない。
「ならオーケーだ。ああ、ひとつ言いわすれてたが、この学校にはお前ら四人以外にも能力者がいる。気をつけろ」
 そう言い残し、男は倉庫を出た。
 男の足跡が聞こえなくなると、みんな一斉に背伸びをし始めた。
「あぁ、だっりぃなぁ」
 最初にそう漏らしたのは、跳び箱から一番近い位置に座っていた、スポーツ刈りの男だ。
「俺らの能力は確かに便利だけど、その代わりにこういうことさせられるのはどうもなぁ……」
「同感だ」
 次に口を開いたのは、スポーツ刈りの男の向かい側に座っていた、筋肉質の男だ。アメフトでもやってそうな、いい体格をしている。
「緋村と絡んでからまだ数週間ほどしか経ってないが、あいつはそんなにすごいやつなのか? 東海よ」
「知らねぇよ」
 東海は面倒そうに頭をぼりぼりかいている。
「仲間を増やすのは歓迎だが、これじゃただのコマに過ぎん。緋村は同じクラスじゃないんでよく知らないが……あいつは何者なんだ?」
「ただモンじゃねぇかもな」
 スポーツ刈りの男が答える。
「もしくは、あいつもあの金髪グラサンのいいなりか、だな。そもそも緋村の能力って何なんだ? 俺たちの能力は知ってるが」
「これのことか?」
 東海がほこりのかぶったバスケットボールを拾い上げた。
 それを倉庫の天井ぎりぎりぐらいまで投げてみせる。
 その瞬間、バスケットボールにいきなり無数の穴が開き、一瞬で空気が抜けていく。バスケットボールは原型をなくし、ボロ雑巾のように床に落ちた。
 天井には、バスケットボールに開いたものと同じ無数の穴ができていた。
 東海は、ボールを投げた以外の動作は何もしていない。
「お前のその能力、いつ見てもいいよなぁ。ムカつくやつとかいたらすぐ殺せんじゃん」
 冗談とも本気とも取れないことを、スポーツ刈りの男は笑いながら言ってみせた。
「暗殺向けってか」
 東海は得意げにもう一つ、バスケットボールに穴を開けてみせた。
 今度は床に落ちていたボールに一度も触れなかった。東海はポケットに手を入れており、ただボールを見つめていただけだ。ボールはひとりでに破裂し、粉々になった。
 誰もそれを不思議がるものはいない。
 この奇妙な現象は、ここにいる四人ともが使えるものだからだ。
「CEED、って緋村は言ってたな。どういう意味なんだろうな」
 東海は面白そうに、三個、四個とボールを破裂させていく。
「辞書にもそんな単語載ってなかったしな、何かの略語か?」
 五個目のボールを破裂させようとして、しかしそのボールは破裂しなかった。
 東海が目につけたボールが、ひとりでに動き出し、急に浮いたかと思うと筋肉質の男の手に飛んでいった。
「お前の能力もいいじゃねぇかよ。ま、その身体にゃちっとも合ってないけどな」
「うるさいな」
 男の手のひらでボールが踊っている。
「それにしてもなんでお前の能力でボールが動くんだ?」
「さぁな、ここは砂鉄が多いからじゃないか」
 男がボールを放すと、男の手にはいつのまにか釘やゴミなども付着していた。
「とりあえず、だ」
 スポーツ刈りの男も立ち上がる。
「この作戦はまぁやるとしても、その先はどうするんだ? 今のところ俺たちは、まだこの作戦の話しか聞いてない。誰かこの先やること知ってるか?」
「いいや」
「さぁな」
「……し、知らないですねぇ」
 スポーツ刈りの男は腕を組み、何やらうーんとうなっている。
「この先あいつらに従うようだったら、俺は降りるぜ」
「俺も降りるわ」
 東海だ。
「もともと乗り気じゃねぇし。ていうかよ、これが終わったら、俺たち四人で奇襲をかけて、緋村を殺してもかまわねぇんじゃね?」
「お、それはいいな」
 筋肉質の男も立ち上がる。
「緋村がどんな能力を持ってるかは知らないけど、俺たち四人が手を合わせればあいつ一人どうってことないだろ」
「いいねいいね、やっちまおうぜ」
「とりあえずこの件に関しては、緋村に協力するフリをして……」
「あぁ、隙があれば、撃つぞ」
 三人とも、不気味な笑みを浮かべていた。
「紺野、お前も来るよな?」
 紺野は下を向いたまま一人で何かつぶやいていた。
「おい紺野!」
「! は、はい!」
 大声で呼ばれただけで、急に立ち上がり頭を下げた。
「いやそういうのかいいからよ……今の話、聞いてたか?」
 三人の視線が、紺野の方を向く。紺野はおじけづいて、ただ頭を下げることしかできない。
「い、いえ……」
「ったく、何聞いてやがったんだよ。この作戦が終わったあとは、だな……」
 そこで男たちは、夜が暮れるまで話し合っていた。
 校内の生徒も職員もとっくに帰宅して、学校の正門が閉じられていたことを知るのは、午後八時を回るころだった。

* * *


 そして、さっきまでその跳び箱の上で指揮をしていた緋村は、倉庫内で起こったことをすべて聞いていた。
 今やこの桜光おうこう高校は、緋村が仕掛けた盗聴機で埋め尽くされていた。
 午後10時。作戦まであと一時間ということもあり、桜光高校から一番近いホテルの一室で待機していた。
 シングルベッドと化粧台にイス、バスルームと洋式トイレしかない小さな個室だ。
 だがそのベッドの周りには、何やら複雑な機材がたくさん置かれている。
 アンテナが無数に立っており、レーダーや電波の周波数を写すモニターもあった。
 ここは、この日の作戦用に設置された管理部屋だ。
 一般の客も普通に寝泊まりするビジネスホテルだが、逆にこういうところに拠点を置くと『敵』にも見つかりにくい。
 ここで緋村は、仲間たちが裏切らないように見張っているのだ。
 四人にはすでに盗聴機がつけられている。裏切りともとれる発言を聞いた場合、まっ先に緋村が手を下すことになっている。
 また発信機の役割もはたしているので、どこにいるのかがすぐにわかる。
 この話を聞いていると、とりあえず作戦は実行してくれるらしい。こいつらと接触するのは、そのあとでもいいかもしれない。
「大丈夫なの……?ほおっておいて……」
 ベッドで座っていた蔦谷が、心配そうに声をかけた。蔦谷も緋村と一緒に盗聴の内容を聞いていたので、彼らが裏切らないかとそわそわしていた。
「作戦の実行が優先だからな、それさえしてくれりゃあとは何でもいい」
 モニターの方を見ながら無愛想に答える。
「私は……恭也のことが……心配よ」
「……大丈夫さ、俺は死なない……さ、もうすぐ始まるぞ。ちゃんと監視しとかないとな」
「恭也……」
 緋村の肩に、蔦谷の手が伸びる。
「……絶対だよ……」


 こうして、この作戦は行われることになった。
 結局緋村は、最後まで考えを変えることはなかった。
 この作戦を実行しなければ、この星の消滅ラスト・エクリプスは免れたかもしれない。
 でもそれはあくまで仮定の話であって、もうこの事態を止めることは誰にもできないのだ。
 この事件は、後に大きな戦いの幕開けとなる。
 そしてこの少年少女と、もう一組の少年少女が再び出会ったとき。
 彼らは、自分の役割を、生きる意味を知ることとなる……
 ……この晩、多くの若者たちが、街から姿を消した。
 だがそれが蒼木の耳に入るのは、それから結構先の話だった。
 この作戦が実行された日……それは、橋本と蒼木が闘うときより数日も前なのだから



ご愛読ありがとうございました!
よければ『LastEclipse』の感想・批評を掲示板投票にてお願いします。
次回作の方でもよろしくお願いしますm(_ _)m

LastEclipse 第二章もくじ ←前の話へ    次の話へ→    | ページ内の先頭へ |
0:人物紹介 1:Prologue 2:黒と赤 3:赤と青 4:題名未定
5:題名未定 6:題名未定 7:題名未定 8:題名未定 9:題名未定
10:Epilogue あとがき