雪虫 【短編小説】| 小説ページへ戻る |


雪虫

雪虫(ゆきむし)とは、アブラムシのうち、
白腺物質を分泌する腺が存在するものの俗称。
体全体が綿で包まれたようになる。
雪虫という呼び方は主に北国での呼び名で、
ユキンコなどといった俗称が他にも沢山ある。

アブラムシは普通、羽のない姿だが
秋になって越冬する前などに羽を持つ成虫が生まれ、
交尾をして越冬の為の卵を産む。
この時の羽を持つ成虫が、
蝋物質を身にまとって飛ぶ姿がを思わせるのである。
アブラムシの飛ぶ力は弱く、風になびいて流れるので
なおさらに雪を思わせる。

──北海道では初雪の降る少し前に出現したりすることから、
冬の訪れを告げる風物詩ともなっている──

* * *

 薄暗い教室の窓の外。
 白いものがふわりと僕の前を横切って……風に流されてどこかへ消えた。
 その虫が飛ぶと、まもなく雪が降るという。
「……?」
 午後のだるい授業、教師の話を聞き流し窓の外をぼんやり眺めていると、校庭に一人の少女がいた。
 うちの学校の制服を着ているわけでもない……ショートヘアで、こんなに寒い季節の中、白いタンクトップに白いハーフスカート、丈の短い黒いジャケットを羽織っていた。
 少し眺めていると、少女はあたりをきょろきょろと不思議そうに見回したあと、校門を出て行って学校をあとにした。
「……なんだぁ?」


 ──その翌日は今年初めての積雪だった。
 延々と広がる白い世界。
 真っ白すぎて、僕は行く道が見えない。
 色々と煮詰まった、中学3年の冬。そんな学校の帰り道。
 ……寝てる?何故?
 街路樹のすみのほうで大の字になって寝ている少女がいた。
「ちょっとあの……もしもし?」
 揺さぶっても反応がない。
「こんな所で寝てたら風邪ひきますよ」
 ……というより、死ぬ。
 おかしな少女だなと思いながらも、すやすやと寝ている少女を見て……ふと想う。
「あれ……?その格好、つーかあんた……」
 と、少女が急に目をあけた。
「昨日、校庭にいた……ってオイ!!」
 なんということか、その少女は急に起き上がると、無邪気に笑って街路樹の向こうのほうに転げて……落ちた。
「うわーい」
 落ちたというより坂から転がったというほうが正しいその地形の向こうには、公園のような広場があった。坂の途中で少女が止まると、ぴょんと跳ねてまた転がる。腕と足を思い切り上下に伸ばして、その背伸びしたような体をそのまま横にして転がしたような、そんな体制。幸い、公園は雪が積もっていて、転げ落ちても全然ダメージはなかったようだ。

 ヘンな少女に会った。

「ゆき、はじめてなんです。うれしくて……」
 思わず自分も転がってしまったあと、何であんなところで寝ていたのかと聞くと、少女のほうからぺらぺらとしゃべり始めた。
「はぁ……そう……」
 ……南国から来たのか?すげー薄着……。
 足なんてふとももが露出してるし、さらにその露出した足を下にして、雪の上にちょこんと座っている。学ランの上にコートを羽織っていた僕でも、さすがにその日は肌寒いのに、この少女はよくやるなと感心した。
 さっきからなにやら雪をかき集めて雪ダルマを作っている。
 すると、プロ野球を夢見る小学生のような、まばゆいぐらいの笑顔で……。
「あそびましょう」
「……」
 なんで俺……?
 雪合戦したいらしい。南国育ちの子はそんなに雪が珍しいのかな。
「俺はね、忙しいの。中3だしね、受験生なの!雪なんて見慣れてるしっ……勉強しなきゃいけないんだから」
 反論しても少女はおねだりの顔を絶やさない。
「……他を当たっ」
 言いかけたとき、頭に雪を投げつけられた。
 少女が満面の笑みをこめて、雪ダルマを両手にこちらを見ながら。
「あそぼう?」
 と言うのであった。
 人の話を聞かない天然なのか……少しむかっときた僕は思い切り雪ダルマを作ってその少女に投げ飛ばした。
「キャー」
 少女もせっせと雪ダルマを作り、投げ返してくる。負けじとこっちも雪合戦していると、なんだか体が温かくなって、次第に楽しくなってきた。いつまでやっただろう、時間を忘れてしまうほどに。

 どこまで行っても降り積もる雪は白く。
 真っ白な世界。
 白すぎて、道が見えない。

「あ、雪……」
 空から降ってきた白い物体に、少女は不思議そうに眺めて指さした。
「いや……雪虫かな?」
「……ゆきむし……」
「知らない?小さくて白い、雪みたいな虫」
 ──雪虫が飛ぶと、雪が降る。
「雪虫ってさ、なんとかって樹を目指して飛ぶんだって……なんだったかなぁー」
「ヤチダモ」
 忘れかけていた名前を即答されて、すこし驚いた。こんな雪も知らないような子でも知ってるんだなぁ……。
「ヤチダモにむかってとぶの」
「そう、ヤチダモの樹。なんだ知ってんじゃん」
 てっきり知らないかと想ったから。
 そう、雪虫はヤチダモの樹に向かって飛んでいる。
 ──小さな虫でさえ、行く処を知っているのに。
「……そこからさ」
「え?」
「そこから外れるやつは……いないのかな?」
 雪の振る空を見上げてぼんやりとつぶやく。
 皆とはぐれて……ヤチダモの樹に行けずに、何処へ行ったらいいのかわからない。
「樹へのみちは無限だもの」
 少女も空を見てつぶやく。
 その顔は、なんだか探し物を見つけて喜んでいるような子供のような……けれども、それが実は案外、本当に探したかった物じゃなかった哀しい迷子のような……そんな顔をしていた。
「ちょっとくらいみちくさしても……きっとみつけるよ。わたしも、あなたも」
 ……向かう処を……。
「……見つかるかな」
「うんっ」
 ……それまでのみちくさ。
「……」
「……」
「……もう行かないと」
 ふいに少女が立った。空を見上げたまま。
「あそんでくれて……ありがとう」
「え、どこへ?」
 前に二、三歩、歩き出し……こちらに振り返って言った。その顔は、微笑んでいる。
「言ったでしょう?道は無限だって」
 そして再び少女が前に歩き出すと……その少女に羽が生えているような気がした。
 鳥の羽毛とか、そんな幻想的なものではなく……昆虫のような、透明な細い羽根。小さく動かすと、少女はふわりと空に舞い、雪に消えて見えなくなった。まるで最初から、少女なんてこの場所にいなかったかのように……。
 ……ああ、彼女は……向かったんだ。
「あーあ……さてとっ」
 道に置きっぱなしだった学校かばんを背負った。
「帰ってベンキョーでもすっか……受験生だし」
 雪に埋もれた道は、歩くたびにざくざくと音を立てる。
 ……僕も向かおう。
 どこにだって行ける。
 どんなに迷っても、ちゃんと道しるべはそこにある。
 真っ白な世界。まぶしいほどに前が見れなくなるけど。
 後ろを振り向く必要もなかった。
 ざくざくと音を立てる。
 この真っ白な道に、足跡を残して。



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